第104話

文字数 1,548文字

 
 ブー!

 響き渡るブザーの音と共に幕が締まると、満面の笑みを浮かべる東條隆之は立ち上がって渾身の拍手をした。彼はこの映画で主演と監督を務めていた。
 ここは今回の舞台となったあの映画館。設定とは違い、実際は名画座として立派に営業している。最近も古典的名作として知られる『風と共に去りぬ』を上映していた。
 東條たちが制作した映画『イノセント・ゲーム』が完成し、本日その試写会が催されていた。
 この日のために貸切られた映画館には東條を始め、キャストとスタッフを兼ねた総勢十九人が顔を連ねている。もちろん死体など一切存在しない。
 東條以外のメンバーたちは神妙な面持ちで騒めきだし、露骨に表情を曇らせていた。
「この映画は絶対当たるぞ! インディーズとは思えない最高の出来だ! ムービーシーンに革命を起こすのはこの作品しかない!!」ひとり上機嫌の東條は、極上の笑顔で宣言する。
 そんな東條をあざ笑うかのごとく、ルポライター役の近藤俊則を演じた近藤俊則が席を立ち、怒り口調で口火を切った。
「ちょっといいかな? いくら死体役とはいえ、俺の出番少なすぎないか? 台詞にしても、せめて一言くらいくれよ。家族や友達に自慢したんだぞ。映画に出演するってな」
 すると今度は小道具兼受付嬢役の女優が同じく不満を述べた。
「近藤さんはまだマシでしょう? ちゃんと顔が映っているんだから。私なんて最初にちょっとだけ出演して、あとはそれっきりでその上顔すら見せないってどういう了見なの? これでも芝居経験は豊富なのよ。私のような大女優にあんな端役を演らせるなんて、恥ずかしくて劇団に言えないわよ!」
 続いてテレビマンを演じた溝吉耕平が割り込んできた。
「あんたは中年のオバハンやから、顔なんて見えへんくらいがちょうどええんや。いくらメイクしたところで顔中のシワを隠しきれるものでもないやさかいな。欲張ってないで小道具でも磨いていればええんや」
「何ですって!? もう一回言ってみなさいよ!」
「おう、何度でも言うたるわ!」
 売り言葉に買い言葉。二人の言い争いは終わらない。

 そんな二人を無視するかのように、今度はメインヒロインの飯島明日香を演じた飯島明日香が、映画の内容について物申す。
「出番の尺に関しては予め判っていたにしても、この脚本、もう少し何とかならなかったワケ? いろんなミステリー小説のパクリみたいでオリジナリティがまるで無いわ。特に『そして誰もいなくなった』に至っては、台詞にまで登場させておいて、トリックもそのまんまだし。東條さんにはプライドってものが無いの?」
 歯科医師役の来栖沢栄太も黙ってはいない。
「わしも同意見だ。金魚のくだりまでは許せても、さすがにアレはないわな。ミステリーの女王といわれたクリスティーに対する冒とくと捉えられても文句は言えんぞ。それに殺し屋が偶然紛れ込んでいたなんて設定は最悪と言って良い。都合よすぎて、さすがのわしも引いてしまったぞ。開いた口がふさがらんとはこのことだな」
 それに呼応するように、来栖沢栄太の妻である光江も口を出した。
「実際に殺人が行われているのにも関わらず、緊張感がまるでないのもどうかと思うわ。それに飯島さんのおっしゃる通り、シナリオがね。……平凡だし、台詞もわざとらしくてセンスのかけらもないわ。シロウト丸出しね。もう少し気の利いた台詞があっても良かったんじゃないかしら。誰かさんと違って、とても自慢する気になれないわ」じろりと近藤に視線を向ける。彼は視線をずらし、ゆっくりと腰を沈めた。
 ロシア国籍のテニスプレイヤー、サムエル・ジェパーソンもご立腹のようだ。
 ロシア語の字幕を入れろだとか、自分があまりにも悪者として描かれ過ぎているとか、いろいろ気に食わないらしい。
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