第34話 第三章 完

文字数 2,353文字

 ひとり苦笑する明日香を横目に、東條は意見を述べた。
「……実を言うと、俺はギフトマンこそがZなのではないかと睨んでいます。主催者を装ってゲームに参加し、人知れず殺戮の限りを尽くす。俺たちが全滅するまでかもしれません。奴だったらこの映画館のどこかに、我々の知り得ない秘密の部屋を準備しておくことは容易でしょうし、十二億という大金を用意しておく必要も無いのですから」
 東條はつばを飲み込むと、声のトーンを落としながらいった。
「……声は加工していましたが、ギフトマンの仮面の間に深いしわが見えました。つまり、かなりの高齢ということになります。来栖技先生、あなたはどう思いますか?」
「……まさか、わしが仮面の男だと?」歯科医師は露骨に顔をしかめる。
「そうではありません。ギフトマンのしわは、あなたより目立っていた印象があります」キッパリと否定した。
「では、あの菓子職人か?」
「紅平さんのことですね。正確なところは判りませんが、顔の輪郭は彼のものではない気がします。それどころかここまでのメンバーの中にはいないと確信しています」
 東條はきっぱりと言った。明日香と光江は座布団に正座したままじっと聞き入っている。キャサリンはさほど関心がないらしく、鼻歌を歌いながら、独り、棚や冷蔵庫をかき回していた。

「ほほう、で、その根拠は? 奴は仮面をした上に声まで変えておった。それにあの映像が事前に録画されたものだとしたら、我々の中に紛れていたとしても不思議ではない」
「録画の件は俺も同意見です。あれは事前に撮られたもので間違いないでしょう。ですが、それでも俺たちの中にギフトマンがいるとは思えません」
「その根拠は?」
「根拠といわれると困るのですが、やっぱり顔の印象としか……。ギフトマンは仮面を被っていましたけれど、露出していた顎や口の形は特徴的でした。あれは変装ではないと確信していますし、メンバーの中にあんな髭や口をした人はいませんよね? もちろん女性とも思えませんので、必然的に参加者の中にはいないと思います。……先生はどうお考えですか?」
 来栖沢は「確かにそうかもしれんな」と即答した。「だが、仮にチャッカマンがZだとしても……」
「ギフトマンです」再び訂正を施す。
「そう、仮にそいつがZだとしても、ただ殺人を犯したいだけなのであらば、奴の意図が判らん。単に人を殺めたければ、こんな小細工せずとも、もっと手軽な手段はごまんとある」
 東條は言葉に詰まる。確かに彼の言う通り、ギフトマンがただの殺人狂(マーダラー)なのであれば、こんな煩わしい舞台を用意しなくても、他にいくらでも方法がありそうだ。それでも考えを曲げたくない東條は、さらなる仮説を述べた。
「それは……俺たちが恐怖のどん底に叩き落されていく様を、目の当たりにしたいのではないでしょうか。昔、こんなホラー映画がありました。人を強引に拉致し、殺し合いをさせた黒幕が、実は最前線にいて、ほくそ笑みながら一部始終を鑑賞していた。……こんな真似をすること自体、馬鹿げていると言わざるをえません、きっとギフトマンは相当なサドなんだと思います。そうに決まっています!」興奮のあまり、語気が強くなった。
 見かねた明日香は、落ち着いてと腕をさすってきた。光江はずっと口を結んだまま、肩を震わしている。
 突然身を乗り出し、来栖沢は意味深に口を歪めた。
「……確かにそうかもしれんが、わしには他の目的があるように思えてならんのだ」
「他の目的?」思わず聞き返した。
「正直、何といえばいいのか判らんが……。例えばそのサラリーマンは……いやウルトラマンだったか」
「ギフトマンです! もう何だっていいです」半ば投げやりな態度で言い放った。
「そのギフト―マンはこんな大掛かりな舞台を用意してまで、わしらを閉じ込め、そのうえ殺し合いを促すようなことまでしている。個人的な趣味とはどうしても考えられん」
 明日香が口を出した。「それで、先生の見解は?」
 お茶をぐいっと飲み干すと、来栖沢は音を立てながら湯飲みをちゃぶ台に置いた。光江はもの言いたげな仕草を見せるが、やはり口を挟もうとはしない。東條は真剣に耳を傾け、一言も聞き洩らさないように身構えた。明日香はじっと腰痛持ちの語り部を見つめている。キャサリンは相も変わらず、まるで他人事のように鼻を鳴らしながらのん気に物色を続けていた。
「これはおそらくテロに違いない。ゲームといいながら、その実、わしたちは人質にされたんだ。今頃は政府に何らかの要求を突き付けているのかもしれん。ニュースにならないのは政府がまだ公表しておらんのか、もしくは報道規制を敷いているのかもしれん……ギフトーマンがこんなゲームまがいなことをさせているのは、奴らの真の目的に気づかれないように注意を逸らしてると考えれば、辻褄が合うのではないかね?」
 ――なるほど。その考えはなかった。だてに年齢を重ねてはいない。東條は改めて腰痛の歯科医を尊敬し始めていた。腰痛よりも、アルツハイマー(?)の方が重傷の懸念もあるが。
 明日香はさらに訊いた。「もしこれがテロだとして、ギフトマンの要求は何だと思いますか?」
「そこまではよう判らん。身代金かもしれんし、刑務所に収監されておる同志の釈放かもしれん……もしくは亡命か。いずれにせよ、もし本当にテロだとすると、もっと恐ろしいことになるだろうな」
「恐ろしいこと? それは何でしょうか?」
 東條は固唾をのみ込み、来栖沢医師の次の句を待つ。明日香からも緊張の吐息を感じた。
 言葉を選ぶように東條を見据えながら来栖沢は口を広げた。

「たとえ明後日の正午を迎えたとしても、解放されるとは限らないということだ」
 控え室の温度が一気に低下するのを東條は感じ、背中を震わせた。
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