第54話

文字数 2,056文字

 控え室に戻った東條はサムエルと紅平の二人を誘い、光江の遺体を倉庫に運び入れると、近藤の遺体の隣に横たえる。
 隣の遺体と同じようにシーツを上から被せて黙とうを捧げると、これ以上惨劇が続きませんようにとの祈りを込めて、倉庫の扉を閉めた。

「ミャ~ゴ」
 控え室へと戻ると、エメラは呑気に水槽の台へ爪を立てている。明日香が抱き上げると、視線を東條に向けた。
「ちょっと来て。さっきから気になっていたんだけど、これって変じゃないかしら?」
 呼ばれて水槽を覗く東條。さっきと同じく複数の金魚が泳ぎ回っていて、不審な点は感じない。
「……特に変ったところは無いように思えるけど、どこが変なんだい?」
 水槽に指を伸ばした明日香は、東條の顔をしっかりと見据えたまま、目をぱちくりとまばたきを繰り返す。明らかに動揺している様子だ。
「金魚の数よ。ほら、さっきは十匹だったでしょう? だけど今は一匹減って九匹になっているわ」
 数えてみると確かに九匹になっている。
「確かに一匹少ない。これはまさか……」東條は息を呑んだ。
「どうしたの?」明日香が疑問を口にすると、それまで畳に寝そべりながらうつらうつらしていた溝吉が急にしゃしゃり出てきた。
「どないしたっちゅうんや。たかが金魚一匹、大方この猫が食べたんやろ。可愛い顔して野蛮なやっちゃな」
 それに呼応するように明日香は牙を剥いた。
「エメラはそんなことしません!」そして水槽の乗った台を指し、「ほら、見ての通りこの台は左右に何も無くて、エメラには登る事すら出来ません。それにこの部屋には常に人がいたんだから、もしエメラが金魚を食べたのであればすぐに誰か気が付くでしょう? それともエメラが水槽によじ登っているところを目撃した人はいますか?」
 誰も返事をしないところを見ると、エメラの無実は証明されたことになる。だがこの時の東條は別の可能性を考えていた。
「……明日香。アガサ・クリスティーの代表作の一つ、『そして誰もいなくなった』って小説、知ってるか?」
「ええ、何となくだけど。……確か孤島に招待された人たちが次々と謎の死を遂げるって話でしょう?」
「ミーも知ってまーす。フェイバリットノベルですデス。クリスティーはオール読破完了なりました」
 ――オール読破完了なりましたって……。
「それならワイも知っとるで、犯人は実は……」
 タブーを犯そうとする溝吉を、東條は慌てて制した。
「ストップ! その先は言わないでください。まだ読んでいない人の為にもネタバレは禁止です。私が言いたいのは、その物語の中に十体のインデアン人形が出てくる場面のことです。人形は最初に招待客と同じ数だけ存在していましたが、死人が出る度に一体ずつ減っていきます。死への恐怖を演出する見事な表現だと思いますね」
 明日香は怯えながらエメラを抱きしめている。
 そこでツバキが東條の意図を察したらしく――。
「……もしかしてこの金魚が?」
「そうです。初めて控え室に入った時、この水槽には金魚が十匹いました。おそらく最初は十一匹いたのでしょう。仮にZがいたとすれば十二匹ですが、その可能性はここでは除外します。近藤さんが殺され、一匹減らされて十匹になり、続いて光江さんが亡くなった今は九匹になっています。とても偶然とは思えません」
「すると近藤さんと光江さんを殺した犯人は同一人物で、その人物が金魚をメンバーに見立てて一匹ずつ減らしたっていうの?」
 狼狽をみせる明日香は不安を抑えるためなのか、エメラを抱える両手を、さらにしっかりと組み直した。
「きっとそうに違いない。だとするとこれは却って都合が良いかもしれないな」
「どういうこと?」明日香が詰め寄った。
「近藤さんを殺したのは誰か判らないが、先ほどの推理からキャサリン以外の誰かということが判明した。当然容疑者には大沼君も含まれている。……もし、来栖沢光江さんを殺したのが大沼君だとすれば、近藤を殺したのも、金魚を減らしたのも彼ということになる。彼が現在トイレに閉じこもっている限り、これ以上の殺人なんて起こらないことになるな」
「確かにそうや。兄ちゃん頭ええな」溝吉はポンと手の平を叩く。「せやかて、賞金狙いで誰かが変な気を起こさんとも限らへんな。最悪、皆殺しを企んでいる奴もいるかもしれへんし」一瞬、溝吉の視線がサムエルに向いたのを、東條は見逃さなかった。
 鼻をかきながら背筋を伸ばし、大きく咳払いをした東條は、(かしこ)まった姿勢で一同を見廻した。
「そこで皆さんに一つ提案があります」
「提案?」ツバキは口を丸めながら言った。
「御覧の通り、テレビ台には小型ですが金庫が付いています。あそこに全ての武器を保管してはどうでしょう? そうすれば誰も殺されることはない。危険を避ける意味でも名案だと思いませんか? そうでもしなければ、私たちに明日は無いと言っても過言ではありません」
 東條は意を示すようにフライパンをちゃぶ台の上に置き、一同を見渡す。
 どよめきの声が上がる。
 東條はつばを呑み込み反応を待った。
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