第33話

文字数 2,102文字

 ノックをすると、どうぞと返事があった。外開きになっている扉を開けて、東條たちは足を踏み入れる。入ってすぐの場所には三和土(たたき)があり、二足の靴が置かれていて、その奥には十二畳ほどの和室が広がっていた。
 窓は一切無く、部屋の中央には四角いちゃぶ台がある。そこには来栖沢夫妻が朱色の座布団に腰を下ろしていて、湯呑を手にくつろいでいる様子だった。だが、よくみると、彼らの表情は硬く、淀んでいる。近藤の死を目の当たりにしたばかりなのもあるだろうが、彼らの不安が如意実に伝わってきた。
 光江は軽く会釈をしながら立ち上がり、お疲れ様ですと座布団を勧めてきた。三人は頭を下げながら靴を脱いで畳に上がる。さすがのキャサリンも土足のまま上がろうとはしない。
 部屋の奥には押し入れらしきふすまがあり、左の壁際には簡単なキッチンとその横に背丈ほどの冷蔵庫と電子レンジの付いた戸棚、その手前には小型の液晶テレビが台の上に設置してあった。
 テレビには国営放送が映し出され、交通事故のニュースなのかペシャンコになった車の映像が垂れ流されている。テレビの下の台には備え付けの金庫が設置してあった。

 キッチンの正面である右側の壁には小ぶりの水槽が台に置かれ、数匹の赤い金魚たちが、まるで東條をあざ笑うかのごとく、自由気ままに泳ぎまわっていた。
 テレビの上の壁にはロビーと同じタイプのデジタル時計が固定されていて、六時を少し回っているのを確認した。
「腰の具合は大丈夫ですか」明日香が心配そうに訊ねた。
 キャサリンも「ユア、オーケー?」と一声掛けるが、来栖沢が頷くのを確認するや否や、そそくさと戸棚を物色し始めた。
「ああ、もうすっかり痛みも引いた。鎮痛剤のお陰かもしれんが、家内の言う通り年寄りの冷や水だったのかもしれんな。もしかしたら今回の件が報道されてはおらんかと、ずっとニュースを見とるんだが、どうやらまだのようだ。……こんな田舎の廃業した映画館では、それこそ火事でも起こらない限り、誰にも見向きをされなくても仕方ないかもしれんが――しかし問題なのはあの近藤とかいう男の死体だ。仮面の男……スーパーマンだったかな?」
「ギフトマンです」
「そう、ギフトーマンだった。……最近物忘れがひどくてな。腰のこともあってこいつがいないとロクに茶を淹れる事も出来ん。君たちもどうかね?」ギフトーマンではなくてギフトマンなのだが、訂正するのも面倒に思え、東條は何も言わない。明日香も明らかに気づいているはずだが、彼女は沈黙を守っている。
「そうそう、気かきかなくてごめんなさいね」光江は立ち上がって戸棚に向かう。

 緑茶の入った湯飲みがちゃぶ台に置かれると、喉の渇きを憶えていた東條はすぐに手を伸ばす。だが、明日香の冷たい視線を感じて手を止めた。まるでお茶を飲んでいる場合ではないと言わんとしているようだった。
「いえ、折角ですが先に調べたいことがありますので。……それよりギフトマンがどうしたんですか?」
「おおっ、そうだった。ギフトーマンとかいうヤツの言葉を信じている訳じゃないが、もし近藤という男、があのメッセージによって誰かに殺されたのであれば、これで終わるとはとても思えん。お前さんの言う通り、みんなが大人しくしておればよいが、もし一人でも賞金を吊り上げようと目論むような輩が出てきた場合、惨劇は止められんだろう。老い先短いわしら夫婦はいいが、お前さんたちはまだまだ先が長い。……こうしてのんびりしておるように見えるかもしれんが、これでも君たちを危惧しておるのだよ」
 来栖沢の言葉には説得力があった。今は平穏を保ってはいるが、いつ、だれが暴走してもおかしくはない。ましてや全員が何らかの武器を所持しているのだ。この小さなフライパンではどこまで対抗できるか知れたところだが。
「先生は近藤さんを殺した犯人をどう思いますか? やはりZの仕業でしょうか」
「出来ればそう願いたいものだが、我々参加者の可能性もある。それに例えZが殺人犯だとしても、彼に……いや、Zが男性とは限らんが、とにかくその彼に触発されてドミノ式に残虐が繰り返されるやもしれん」不意に棚を物色している金髪美人に声を掛けた。「そこの外人さん、キャメロンさんだったかな?」
「キャサリンデース。ドクタークルスザワ、ミーに何か?」
 空腹なのか、ただ食い意地が張っているだけなのか、キャサリンは戸棚にあるインスタント麺を掴んでいる。
「いや、お前さんにも聞いてほしい。今回のメンバーの誰かが豹変して殺人者に回る可能性だってあるんだ。わしだってそうだ。わしや家内の身を守るためだったらなんだってする。それこそ人殺しもいとわないだろう。だから決して油断せず警戒を怠らないようにな」
「Oh! それはサスペンスネ。コーションには言うに及びませんコトヨ。日本のコトワザにありまーすネ。たしか『ストーンブリッジをヒッティングしながらクロスオーバー』だっケ?」
 たぶん『石橋を叩いて渡る』と言いたいのだろう。相変わらず、ややこしいったらありゃしない。来栖沢夫妻も頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいるようだ。
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