第64話

文字数 2,000文字

 そこでサムエルが何かを口走った。もちろん意味などわからないが、どうやらアイスピックの件で明日香を疑っているらしい。
 紅平もそれに同調するがごとく、「やはり、あんたの仕業じゃないのかね。お主の武器で殺されたんじゃ。疑われて当然じゃろ!」と(ののし)る。
 ――まさか明日香が? いやいや、彼女に限ってそんな事をする筈がない。
 たじろぐ明日香は防御の構えを見せる。
「私は知らない。アイスピックは盗まれたのよ」
 だが、紅平も一歩も引かない。
「だったらそれを証明してみせるんじゃ。お主の身の潔白をな!」紅平は如何にも明日香を犯人だと決めつけんばかりの態度を示していた。
「それは……」
 言いよどむ明日香は身を縮めて震えている。おそらくトイレに籠った時の大沼と同じ心境だろう。ここは株を上げるチャンスである。
「あす……飯島さん、アイスピックはいつまであった? 最後に確認したのは?」東條は訊かずにいられなかった。
「……さっき話した通り、昨夜眠るときには確かにあったわ。ちゃんとバッグの中に入っているのを確認したもの」
 明日香は必死でハンドバッグを押さえている。
「他に無くなっている物は無いか」
「それは大丈夫よ。消えているのはアイスピックだけ」
「つまり、キャサリンを殺害した人物はアイスピックだけを狙った。しかも飯島さんが睡眠中に。だとすると……」
 視線がツバキに集中する。
「私じゃないわよ……そうだわ! きっとキャサリンが持ち出したのよ」
 そこで溝吉が口を挟む。
「ちょっと待てや、それはおかしいとちゃうか? ツバキ、あんたのこと疑いたくはねえが、キャサリンはスタンガンちゅう、ごっつ強力な武器を持ってたやないか。今更アイスピックは無いやろ」
 負けずとツバキも言い返す。
「でも、誰かを確実に仕留めるつもりならスタンガンだけでは不十分だわ。だってスタンガンはあくまでも護身用であって、殺傷能力は期待できない。せいぜい気絶させるのが関の山ね。それにアイスピックを盗んだのは、なにも控え室に泊まった私たち三人の中の誰かとは限らないでしょ? 知っての通り、ここのドアには鍵が掛からないのよ。私たちが眠っている隙にこっそり忍び込んで、明日香さんのバッグから盗んだとも考えられるわ。例えば誰かさんなんかは自分の武器をやたら交換したがっていたしね」ツバキは横目で、その誰かさんを睨みつける。
「なんや、ワイを裏切る気か?」
「最初に裏切ったのはどっちよ! さも私が盗んだみたいな言い方して!」
「ワイはキャサリンが盗んだとは考えにくいと言うたんやボケ!」
「一緒よ! やっぱりあんたが殺したんでしょう。賞金を吊り上げるためにね!!」
「俺やない。自分こそ金に汚いから、風俗なんぞやってるんやろ」
 二人とも目が血走っている。まるで子供の喧嘩だ。

 あまりにも見かねて、東條が仲裁に入った。
「二人とも止めてください! ここで言い争っていてもらちが明かないじゃないですか。とにかく落ち着いてください」
 しゅんとなる溝吉とツバキ。二人は互いに視線を合わせようとはせず、ぷいと顔を背けた。
「先生、アイスピックはどのような向きで刺さっていましたか? 出来るだけ詳しくお願いします」
「……首の斜め左後方。つまり背後から首の左側をひと突きで突き刺したのは間違いない」そうハッキリと断定した。
「すると犯人は左利きですね」東條は強く念を押した。
「そういうことになるな」
「ちなみに飯島さんの利き手はどっち?」
「右よ。あなたも知っているでしょう?」
 そうだ。初めて会った時、明日香は右手で箸を使っていた。昨日の冷凍ピザも同じく右手だったので、やはり明日香は犯人ではないと確証を得た。
「そうです、彼女は右利きです。……他にこの中で右利きの人は?」東條は右手を挙げながらいった。
 すると来栖沢、溝吉、紅平が手を挙げた。動きが無いのはツバキとサムエル。そういえば以前、キャサリンはサムエルを“サウスポー”のテニスプレイヤーだと説明していた。ツバキにしても常にナタの柄を左手で構えている。昨日の冷凍パスタもフォークを左手で持ち上げていたのを記憶の中に留めていた。
「違うわ。確かに私は左利きだけど、アイスピックには触れていないわ! それにひと突きで根元までさせるほどの筋力はないわ」
 ツバキの顔は怯えの色を帯びており、とても嘘をついているとは思えない。
 だが、それでキャサリン殺しの犯人ではないと断定するには早計だ。
「私よりよっぽど怪しい人物がいるんじゃないかしら? 左利きで体力自慢の」
 ツバキの放った一言で、疑惑の目はもう一人の左利きであるサムエルにも向けられた。偏見を交えて言えば、彼の方が殺人者としての雰囲気が漂っているのは否定できない。
 メンバーたちの冷酷な視線を受け、サムエルは急に立ち上がり、大声を出して威嚇し始める。自分が疑われていることに腹を立てているようだった。
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