第2話
文字数 1,195文字
男は机の上に設置してある黒いボタンを押した。プロジェクトの進行状況を確かめるためである。
特別にあつらえた白い仮面を手に取り、感慨にふける。
――もう後戻りはできない。
この日のために、どれだけの期間と巨額の資金をつぎ込んできたことか。リスクの高い計画であることは百も承知だ。しかし、それだけの価値はあることを、これまで一度も疑ったことはない。今まで起こしてきた様々な事業の中でも、集大成といえる一世一代のプロジェクトなのだ。
舞台となる場所選びも自らの手で行い、半年もかけて改築も施した。工期が予定の倍近くかかったのは、近隣に悟られないように配慮したためだった。
いよいよ今世紀最大のショーが始まるかと思うと胸が高鳴り、顔がにやけてくる。
ノックが三回鳴った。
軽く返事をすると、執事の剛田 が入って来た。今回のプロジェクトにおいて重要な役割を務める人物でもある。
「あれはどうなっておる」このセリフをこれまで何十回繰り返したことか。だが、それもいよいよ今日で最後のようだ。
剛田は胸に手を当てて、恭しく口を開けた。
「すべての準備は完了致しました。後は最高責任者であるあなた様の決断を待つだけです。いかがいたしましょうか?」
浮足立つ気持ちを抑えながら、男は努めて冷静を装い、しわがれた声でゴーサインを出した。しかし、剛田は眉根を寄せ、顔を曇らせながら念を押した。
「……本当によろしいのでしょうか? 差し出がましいようですが、いくらあなた様の要望と言えど、法を犯してまで行うべきではないと私は考えます。中止するなら今が最後の機会です。どうか、考え直してはもらえないでしょうか?」剛田の顔には、極度の緊張と恐怖の色が滲んでいた。
だが、男の腹はとうに決まっていた。今更キャンセルなどありえない。苦言を呈した剛田自身も、重々承知の上で提言しているのは明白である。
「なんだ、命が惜しいのか? どうしてもと言うなら辞退してもらっても構わんのだぞ。……まさか自分から名乗り出たにもかかわらず、今さら拒むとはな」男は冗談交じりに言葉を発した。
「いえ、決してそのような事は……私は恩義を感じております。あなた様の為なら、この身を捨てる覚悟など、とうの昔に出来ております。ただ……」
剛田は言いよどんでいた。明らかに戸惑っている様子だ。
「ただ、何かね?」
「この前の件は考えてもらえたでしょうか?」
「この前の件?」
本音を言えば、わざわざ聞き返さずとも承知していた。あえて忘れたフリをして、揺さぶったに過ぎない。悪趣味なのは自覚しているつもりだが、こればっかりは辞められない。
「……彼女を連れて行くことをご了承願えませんでしょうか? 決して迷惑はかけません。私からの最後のお願いです」
「彼女? ……ああ、アレのことか」
手にしたままになっていた仮面をデスクの上へぞんざいに置き、腕を組みながらまぶたを閉じる。
特別にあつらえた白い仮面を手に取り、感慨にふける。
――もう後戻りはできない。
この日のために、どれだけの期間と巨額の資金をつぎ込んできたことか。リスクの高い計画であることは百も承知だ。しかし、それだけの価値はあることを、これまで一度も疑ったことはない。今まで起こしてきた様々な事業の中でも、集大成といえる一世一代のプロジェクトなのだ。
舞台となる場所選びも自らの手で行い、半年もかけて改築も施した。工期が予定の倍近くかかったのは、近隣に悟られないように配慮したためだった。
いよいよ今世紀最大のショーが始まるかと思うと胸が高鳴り、顔がにやけてくる。
ノックが三回鳴った。
軽く返事をすると、執事の
「あれはどうなっておる」このセリフをこれまで何十回繰り返したことか。だが、それもいよいよ今日で最後のようだ。
剛田は胸に手を当てて、恭しく口を開けた。
「すべての準備は完了致しました。後は最高責任者であるあなた様の決断を待つだけです。いかがいたしましょうか?」
浮足立つ気持ちを抑えながら、男は努めて冷静を装い、しわがれた声でゴーサインを出した。しかし、剛田は眉根を寄せ、顔を曇らせながら念を押した。
「……本当によろしいのでしょうか? 差し出がましいようですが、いくらあなた様の要望と言えど、法を犯してまで行うべきではないと私は考えます。中止するなら今が最後の機会です。どうか、考え直してはもらえないでしょうか?」剛田の顔には、極度の緊張と恐怖の色が滲んでいた。
だが、男の腹はとうに決まっていた。今更キャンセルなどありえない。苦言を呈した剛田自身も、重々承知の上で提言しているのは明白である。
「なんだ、命が惜しいのか? どうしてもと言うなら辞退してもらっても構わんのだぞ。……まさか自分から名乗り出たにもかかわらず、今さら拒むとはな」男は冗談交じりに言葉を発した。
「いえ、決してそのような事は……私は恩義を感じております。あなた様の為なら、この身を捨てる覚悟など、とうの昔に出来ております。ただ……」
剛田は言いよどんでいた。明らかに戸惑っている様子だ。
「ただ、何かね?」
「この前の件は考えてもらえたでしょうか?」
「この前の件?」
本音を言えば、わざわざ聞き返さずとも承知していた。あえて忘れたフリをして、揺さぶったに過ぎない。悪趣味なのは自覚しているつもりだが、こればっかりは辞められない。
「……彼女を連れて行くことをご了承願えませんでしょうか? 決して迷惑はかけません。私からの最後のお願いです」
「彼女? ……ああ、アレのことか」
手にしたままになっていた仮面をデスクの上へぞんざいに置き、腕を組みながらまぶたを閉じる。