第29話

文字数 2,703文字

 しかし、近藤はどのタイミングで撃たれたのかという問題は無視できない。
 すると今度は光江が震えながら手を挙げた。「あのう、……一つよろしいでしょうか?」
「何でしょうか?」
 東條の言葉に、光江は凍えそうな声で言葉を紡ぎ出した。
「……さっきから話を聞いていて思ったのですが、上映が中断されてから出てきた仮面の人……名前は何とおっしゃいましたかしら?」
「ギフトマンです」
「そうそう、そのギフトマンさんの映像の後に、物凄い音がしましたわよね?」
「ええ、あれは表のシャッターが降りる音だったんですよ、光江さん。おかげで我々はここに閉じ込められてしまいましたが」
 すると明日香から「あっ!」という声が上がった。どうやら光江の言いたいことを悟ったようだ。
 光江は戸惑いながらも話を続ける。
「もし、私の憶測が間違っていたらごめんなさいね。ひょっとしたら、シャッターの閉まる音に紛れて銃を撃ったのでしたら、誰も気が付かなくても不思議はないのではございませんか? 耳を塞ぎたくなるような、かなりの騒音でしたし――やはり間違っていますでしょうか?」
 ポンと手を叩き、東條は瞳を輝かせながら顔を上げた。青天の霹靂とはまさにこのことだ。その場にいた他のみんなも納得の表情だ。
「いいえ、お手柄ですよ。それなら筋が通ります。近藤さんの近くに席を取ったZはギフトマンのメッセージを見て、近藤さんを殺そうと思いついた。拳銃はZのアイテムだったのです。弾が一発しか装填されていなかったことに気が付かなかったのかもしれません。しかし、不用意にぶっぱなすと銃声が轟いてしまい、自分の犯行であることがすぐに露見してしまう。そこでちょうどシャッターの降りる爆音が耳を突いた。おそらくその時、近藤さんは怯えてしゃがみ込んでいたと考えられます。Zはそれに乗っかり、近藤さんの後ろに回りこみ、彼の背中に向けて引き金を引いた。後は近藤さんの体を起こし、椅子にもたれかけさせてから、さも眠っているかのようにまぶたを閉じさせた。その時はすでに弾倉が空であることを知ったのでしょう。そこでアタッシュケースの中身を交換した。近藤さんの武器がなんであるかは見当もつきませんが、少なくとも弾切れの拳銃よりかはマシだった。そして誰よりも早くロビーに出ると、館内のどこかに素早く身を潜めた。大沼くんたちが捜索しても発見できなかったのは、Zがどこかにちょうどいい隠れ場所を見つけとみて間違いない」
 言い終えると、東條は一仕事終えたように疲労感に見舞われ、近くの席に腰を沈めた。

「ちょっと待って。もう一つ可能性があるわ」明日香の声だ。彼女は腰に左手を当て、納得のいかない表情をしながら右手を掲げた。 そして、あくまでも平然とした口調で――、
「もしZがいなかった場合はどうなるの? 疑いたくはないけど、Yであるキャサリンが犯人だとして、彼女が近藤さんを撃った可能性も考えられるでしょう?」
 キャサリンに向かって、明日香はごめんなさいと頭を下げる。当のキャサリンはさほど気にしていないようで、ドンウォーリー(心配しないで)と微笑を浮かべた。
 東條は上手奥の座席を指さしながら、明日香の仮説を否定する。
「いや、それはあり得ない。何故なら君も知っての通りキャサリンの席はM―14、つまりN―2の近藤さんとは十三席も離れていたんだ。ホール内が明るくなった時にキャサリンが自分の席に座っていたのは確認済みだし、シャッターの音が響いていた時間は、せいぜい十秒足らずだから、どんなに急いだところで、近藤を撃った後、眠っているように偽装を施し、アタッシュケースの武器を入れ替えて、さらにあの距離を移動するのは、トップアスリートにだって不可能だろう」
 するとキャサリンが何かを思い出したかのように口を開いた。
「ミーがムービーをシーイングしていた時、フーがサイドをスルーしていったワ。ヘッドをダウンしていたからメンオアウーメンもドントアンダースタンドだった。ゲットアウトしたかカムバックしたかは忘却のカナダネ」
 つまり、『映画を見ていた時に誰かが横を通り過ぎた。その人物は顔を伏せていたから男か女かまでは判らなかったし、そのまま出ていったのか、席に戻ったのかも覚えていない』ということだろう。しかし忘却のカナダとは。もし誰かから日本語を習ったのだとしたら、そいつはどんな人物なのだろうという思いがよぎる。だが、これが貴重な証言であることに間違いはない。
 正直疲れる。東條は昔から英語は苦手であり、当然ヒアリングも得意では無かった。明日香に代わって欲しいところだが、彼女は助けるどこか、ぷいと横を向いていた。勘ぐりすぎかもしれないが、アメリカの金髪女に嫉妬しているのかもしれない。
「つまり、犯人はZとは限らんちゅうわけやな? 外人の姉ちゃんが嘘をついてるとは思えへんし、どこのどいつか知らんが、ギフトマンのフィルムが終わった時、自分の席にいたことを証明できへん以上、誰が犯人でもおかしゅうないっちゅうことや。……もちろんワイはちゃうで!」溝吉は口を尖らせた。

 ――思い返してみれば、確かにあの時はみんなパニックになっていた。
 一目散にロビーに出る者、アタッシュケースを開ける者、狼狽して動けない者、みんなが自分の事に手いっぱいで、各自、席にいたことを証明できる人など、まず、いないだろう。確実にシロだと言えるのは、一緒にいた明日香とアリバイを証明されたキャサリンだけである。
 東條は急に疑心暗鬼になり、一刻も早くここから逃げ出したい衝動に駆られた。そして、この調子で明後日まで持つだろうかと膝を震わせる。

 不敵な笑みを浮かべながら、溝吉は軽蔑するような視線を東條に向けた。
「偉そうに推理を並べたてたところで、あんたも容疑者の一人やいうことも忘れんといてや。ひょっとしたらあんたら、共犯なのかもしれへんしな。せっかくの名探偵登場も、ええ加減退場してもらわなあきまへんな」
 反論できない東條。アリバイを主張したところで聞き入れてくれるとは思えない。
 ここは一旦保留にして館内を探索することに――。
 出口は塞がれているにしても、このままここでじっとしているわけにもいかない。
 スクリーン横の時計で、現在五時十五分であることを確認すると、ひとまず解散することとなった。

 来栖沢夫妻をロビーへ連れ出してベンチに休ませると、早速Zの捜索をすることにした。先ほど大沼たちが探したはずだが、あの時とは状況が違う。どこかに隠し扉のようなものが存在する可能性もあるが、なにより東條自身が館内を捜索したいという欲求があった。
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