第28話

文字数 2,505文字

 そうこうしているうちに探索組の三人――大学生の大沼和弘とテレビマンの溝吉豊、そして風俗嬢のツバキがホールの扉を開け、列になって入ってきた。三人とも暗い顔をしながら黙っているところを見ると、芳しい成果は得られなかったらしい。彼らは近藤の死体を見て驚きの声を上げる。

 東條が経緯を説明すると三人はそれぞれ違った反応を見せた。
 大沼は頭を抱え、虚ろな眼をしながら、聞き取れないほど小さな声で呟きだした。
 ツバキは崩れるように椅子に腰をかけ、顔を覆いながら嗚咽を漏らすと、バッグから薬のような物を取り出して飲み込んだ。きっと精神安定剤か何かだろう。ストレスの多い仕事だろうからそれらの薬を所持していてもおかしくはない。
 溝吉というと、大沼やツバキとはまったく逆で、ショックを受けた様子は見られず、むしろチャンスとばかりに眼を輝かせている。彼は素早くスマートフォンをポケットから出すと、チロリンチロリンという耳障りな音を鳴らしながら撮影を始めた。それが終わると今度はスマートフォンをボイスレコーダー代わりにし、細かく実証している。さすがはマスコミの人間ってところだ。こんな極限状況においてもネタは逃さない。
 ツバキは気分が悪いといい、大事そうにナタを抱えながらホールを後にした。

 やがて落ち着きを取り戻したらしく、大沼は頬を引きつらせながらも笑顔を見せた。東條が探索の成果について訊くと、彼は、多少言葉に詰まりながら語りだす。
 とどのつまり、何処にもZらしき人物は確認できなかったそうだ。まだショックが抜けきらないためか、大学生にしては要領の得ない話し方だった。
 それにしても、Zの奴はどこに消えたのだろう? それとも最初から存在しないのだろうかと、東條は自分の仮説を疑い始めた。

「……それってオモチャやないやろな。ちょっと見てもええか?」
 近藤の座席の横に置かれた拳銃を指さして、テレビマンが抜け目なく訊ねてきた。すでに記録し終えたらしく、彼の手にスマートフォンはなかった。
 一瞬躊躇するも、東條は仕方なしに首を縦に振る。溝吉に渡すのは危険な気もするが、どうせ弾が入っていないのだから、別に問題は無いだろう。たまたま弾丸を持っているとも思えないが、もし彼が殺しの犯人だったとしたら話は別。こっそりと隠し持っているかもしれないからだ。しかし、その可能性は極めて低いと思わざるをえない。もし、彼が近藤を殺したのであれば、ケースに入れたりはせず、所持したままでいるはずである。
 溝吉は手にした拳銃を上下左右、様々な角度から嘗め回すように目をギラつかせた。
「……これはスミス&ウェッソンのM36やな。しかも本物やないかい。小型で女性にも比較的扱いやすいタイプのヤツや――なにをそんな目で見とる! ワイはこれでも銃器類には詳しいんやで。マニアっちゅう程のモンでもないんやが、モデルガンなら三十丁は持っとるがな。さすがにホンマモンは今まで拝んだことなかったが、仕事柄、パチモンならぎょうさん見てきたんやで。そや! 拳銃といえば……」
 溝吉の話は止まらない。やれ、ドラマで使う拳銃はどうの、有名俳優の誰々は本物を所持している噂がこうのと、実物の拳銃を初めてみたおかげで、だいぶ興奮しているようだった。だが、そんな彼のおかげで、場の雰囲気が幾分明るくなった……ような気がする。

 溝吉の話は、拳銃談義からいつの間にか有名人のゴシップ話にスライドしていった。少しずつ元気を取り戻したのか、それともミーハーなのか、それまで俯き加減で魂の抜けきったような来栖沢光江でさえ、眉唾ものの業界裏話に耳を傾けながら真剣に頷いていた。
 東條は辟易しながら明日香の様子をうかがった。彼女はそんな俗的な雰囲気の中で、近藤の亡骸を刺すような目でじっと眺めている。その瞳にもう怯えの色は無い。
「……ねえ、この人って誰に殺されたのかしら」
 独り言とも取れるその質問に、場の空気が一変した。
「それは……東條さんの説の通り、最後に入って来たZという人物じゃないですか? もしかしたら近藤さんとZは親しい間柄だったのかも知れませんね。他に誰も近藤さんを殺害するチャンスは無かったと思いますし」
 大沼はあくまでもZの犯行にしたいようだ。それは当然今のメンバーを疑いたくないという気持ちから出てくるものだろう。実際、近藤殺しの可能性は十二番目の参加者であるはずのZが一番高いだろう。東條は自らの見立てを肯定することで、自分を納得させることにした。
 だが、そこで明日香が疑問を挟む。
「でも変じゃない? 先生の見立てでは十一時半から正午過ぎまでに殺されたんでしょう? その時間といえば近藤さんが入ってきて、映像が終わるまでの間よ。床や通路に血痕が無いから、椅子に座った状態で撃たれたのは間違いないわ。……でもそうだとすると、どうしても納得できないのよ。」
 すると来栖沢医師は腰をさすりながら、「何が納得できんのかね?」と眼を細めた。さも自分の検視結果に不満でもあるのかといわんばかりに。
 明日香は腕を組みながら顎をさすりだす。まるで探偵にでもなったかのように見えなくもない。
「もし、その間に拳銃で撃たれたのであれば銃声がした筈よ。いくら映画が流れていたからって、それほどの大音量でもなかったわけだし、発砲すれば必ず誰かに聞こえたはずよね。そうでしょう? 溝吉さん」
 顔を向けられた溝吉は、ここぞとばかりに声を張り上げる。
「姉ちゃん鋭いな! その通りや! いくら小型といっても、このタイプの拳銃はサプレッサー無しやと相当デカい音が出るやろな。そもそもこの拳銃にはサプレッターは付けられへんし、仮に付けたところで誰も気づかないってことはおまへんやろ。ちなみにやが、サプレッサーとはサウンド・プレッサーの略で、正式にはマフラーともサイレンサーとも言うんや。みんな知らんやろうけど、ドラマの効果音ちゅうのは……」
 またも話が脱線している。今は現実の話をしているのであってドラマは関係ない。この溝吉とかいうテレビマンは、余程注目を浴びたいとみえる。話を振った明日香自身もうんざり顔だ。
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