第8話

文字数 702文字

 食事を食べ終わると、勧められるがまま遠慮がちに煙草をくわえる。喘息の発作が気になったが、明日香の家族はみんなヘビースモーカーなので煙は平気のようだった。だが、彼女自身は吸わないらしい。
「ねえ、良かったらメールアドレス交換しない?」
 明日香の言葉に浮足立つ。東條は酔いがいっぺんに醒めた気分だった。さっきからどうやってその話を切り出そうかと思案していたところだったからだ。
「もちろんオーケーだよ」東條は速攻で了承した。
 早速ポケットからスマートフォンを取り出すと、メール画面を開きながら互いに振った。きちんとアドレスが表示されているのを確認すると、東條はすぐさまメールを入れた。
 『明日、また会えるかな?』
 相手が目の前にいるのにおかしな話だが、言いにくいことはメールで済ませるのが一番だというのが東條の信条だった。
 半分はジョークのつもりだったので、返信はこないだろうと覚悟していたが、思いのほか、すぐに着信があった。
 そこには『まだ何とも言えない。明日連絡するね』とある。末尾にはハートマークが揺れていて、一瞬ドキリとした。もちろんハートマークに深い意味などないのだろうが、それでもすっかり舞い上がってしまう。それを誤魔化すように店員を呼びつけて、ビールをもう一本追加した。
 明日香を見ると、顔が少し紅潮しているように見える。それは照れているのか、単に酔っているのか判断が付かないが、東條は前者であると信じたかった。
 当然、左手の薬指に指輪がないことは、最初に確認済みである。

 東條の支払いで店を出ると、明日香は先ほどのメールと同様に「また明日連絡します」と言葉を残し、タクシー乗り場へと姿を消した。
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