第27話

文字数 2,501文字

 悲鳴を聞きつけてきたのだろう。
 ホールの扉が開き、四つの影が現れた。内訳は和菓子職人の紅平万治、金髪美人のキャサリン・ラドクリフ、テニスプレイヤーのサムエル・ジェパーソン、そして歯医者の妻の来栖沢光江だ。光江の夫である来栖沢栄太の姿はなかったが、彼は腰痛のためロビーに待機しているものと思われる。
 それら四人に東條隆之、飯島明日香を加えた六人は、席の前に倒れこんでいるソフト帽の男を悲痛な目で見降ろした。サムエルは奇声を上げながら椅子を叩き、紅平は目を丸くしながらその場にしゃがみ込む。明日香とキャサリンは項垂れながら椅子に腰を下ろし、視線をずらしながらも互いに手をつなぎ合った。その中でも特に光江の狼狽えぶりは凄まじく、蒼ざめた顔でわなわなと震えながら立ち尽くし、嗚咽を漏らしていた。
 ソフト帽の男の足元には東條たちが渡されたものと同じアタッシュケースが置いてある。彼もゲームの参加者と見て間違いないだろう。他の五人を見廻して暗黙の了解を得ると、フライパンを明日香に預け、東條は男のケースに手を伸ばした。
 ケースを床に置き、慎重に開けてみると、中には一丁の拳銃が収められていた。小型の回転式リボルバーで、誰でも簡単に扱える代物に思えた。慎重に持ち上げてみると、微かにぬくもりが感じられる。必然的にごく最近発砲されたという解釈が成り立つ。弾倉を確認するが、銃弾は一発も装填されていない。銃に関しては全くの素人だが、弾痕と銃の口径は同じに見える。つまりこの銃によって男の命が奪われ、その直後に誰かがケースに収めたとみてまず間違いない。

 東條はXの持ち物を検査する事にした。死体に触るのは抵抗があったが、男の情報を探るためにはそうするしかなく、衣服のポケットを探った。
 だが、持ち物といえばコートの内ポケットにあった黒い財布とピンク色のスマートフォン、そして薄い名刺入れくらい。免許証や保険証といった身元に繋がるようなものは何も発見できなかった。名刺入れを開いて一枚取り出すと、Xの名は近藤俊則であることが判明した。職業はフリーライターということになっている。財布にはわずかな現金とクレジットカードが数枚入っているだけだった。
 スマートフォンがピンクなのは多少引っ掛かるが、男性でもその色を選ぶ人はそう珍しくないと聞いたことがあった。スマートフォンを開こうとしたがロックがかけてあり、中を伺うことは出来なかった。
 東條は近藤の指を取り、指紋認証を試みる。
 が、画面に変化は見られない。
「……何かで読んだ気がするんだけど、死んでしまった人間の指では指紋認証ができないらしいわ」蚊の鳴くような声で明日香は助言した。東條も以前聞いたことがあったのを思い出し、両肩を落とした。
 近藤の身元について、これ以上詳しいことは判らないので、東條は光江にご主人を連れてくるよう頼んでみた。歯科医とはいえ、専門家の意見を聞きたかったからだ。
 彼女は頷くものの、顔色は冴えないでいる。それを心配したらしき明日香が、光江を連れ添いながら入場口の扉を開ける。歯科医の妻の足取りはおぼつかなく、ショックの大きさが如実に伝わった。

 ややあって光江に手を引かれる形で来栖沢が顔を見せ、明日香がそれに続いた。
 入れ替わるようにサムエルと紅平が、これ以上見たくないといってロビーへと戻っていった。老舗の和菓子屋の元店主とロシア人のテニスプレイヤー。一見何の共通点も無いように思えるが、案外波長が合うのかも知れない。
 キャサリンは唇をぎゅっと噛みしめ、やや遠巻きに近藤の死体を眺めている。

 来栖沢に検死を頼むと、渋々といった態度を示しながら躯の前に立つと、ゆっくりと腰をかがめた。
 彼はまぶたを開いて瞳孔を覗いたり、口を開けたり、袖をまくったりなどして死体の状況をつぶさに観察していく。もちろん弾痕らしきものが確認できる背中の部分には、特に念を入れているように映った。
 焦燥感を憶えつつ、東條は固唾を飲みながらそれを見守るしかなかった。

 十分ほど経った。実際は五分程度だったかもしれないが、東條はそう感じていた。
 小さく息を吐いてみせると、即席の監察医は膝をつきながらゆっくりと立ち上がり、口を開いた。
 詳しいことは専門医が解剖してみないとと前置きした彼は、近藤は死後二時間以上が経過しているのは確実で、恐らく午前十一時半から正午過ぎまでの約四十分の間に死亡したとの見解を述べた。つまりギフトマンの映像が終わり、全員がロビーに出る頃には既に死亡していた事になる。死因については、やはり拳銃の銃弾が直接の原因であるとされた。
 周辺の床に血痕が無いことから、近藤は椅子に座った状態で撃たれたのは間違いない。
 近藤が席に座ったのが、上映が始まってしばらくしてからだから、おそらく午前十一時四十分頃。ギフトマンの映像が流れ始めたのは正午で、その後はホールには誰もいなくなったのだから、その間に撃たれた事になる。
 東條は近藤の後に入場したとみられるキャサリンに、その時の様子を訊いてみた。今回のメンバーの中で、唯一、彼を目撃したと思われるからである。もちろん犯人を除いて。
 だが――。
「Oh! ミーが入った時、ミスターコンドウには気づかなかったワ。コーボーも筆を大量生産ネ」
 後半の意味はよく分からなかったが、つまりキャサリンがホールに入って来た際、彼女は近藤が座っているのに気づかなかったらしい。映画の上映中のため、ホールは照明を落としており、近藤の姿が目に留まらなかったとしても仕方がない。
 その後キャサリンは、M―14……つまり近藤とは反対側にあたる、上手側からも後ろからも二番目の席に座り、ずっとスクリーンにくぎ付けになっていたという。そしてギフトマンのメッセージが終わり、照明が付くと、混乱しながらロビーに出たという訳である。それにZらしき人物は見なかったとも証言した。

 ――近藤に手を掛けた者がこの映画館の中にいるのは間違いない。やはり未だ姿を見せないZの仕業だろうか? 
 東條は左手でこめかみを押さえると、人さし指でもみあげを数回掻いた。
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