第80話 第七章 完

文字数 1,198文字

 東條は胸騒ぎがして水槽に駆け寄った。
 半ば予想通り、また一匹減っていた。

 それを三人に知らせると、溝吉と明日香は狼狽の色を見せるが、ツバキは「そう」と小さく呟いただけで反応は薄かった。

 気が付くと既に深夜の十一時。刑事ドラマもとっくに終了していた。
 あれだけ昼寝をしたにも拘らず、東條は首を回しながら湧き出るあくびを噛み殺す。
 それが移ったのか、明日香とツバキも続けてあくびをみせた。度重なる悲劇の連続で疲れが溜まっているのかもしれない。溝吉だけは平気のようだが、単に何も考えてないようにも思える。

 そこで今夜も男女に分かれて就寝する事に。
 東條はテレビに近づき、かがみ込んで下の金庫に目を向けると、わずかに頷く。そして押し入れを開けて毛布を取り出した。
 その時、何枚かの毛布が無くなっていたことを思い出したが、今はその件について訊ねる雰囲気ではなく、明日改めて訊くことにした。
 テレビの続きを見たがる溝吉は、ツバキたちに押される形で控え室を追い出される。丸い木の棒は女性たちの護身用として控え室に残した。

 ロビーのベンチに寝転ぶと、東條は静かにまぶたを閉じた。
 ベンチの上で生涯を終えた紅平の死に顔が脳裏をよぎった。昨夜は五人だったこのロビーも、今はたったの二人。メンバー全員合わせても全部で五人だ。明日の正午まではあと約十二時間。果たして何人が無事に勝利の太陽を拝めるのだろうかと、東條は不安に駆られた。

   *  *  *

 映写室の扉が突然開かれた。
 デスク前の回転椅子でうたた寝をしていたサムエルは、気配を感じて椅子から飛び上がり、素早く身構える。

 ゆっくりと誰かが近づいてくる。寝ぼけ眼のせいか、焦点が定まらず、侵入者を特定できない。
 やがてその人物に焦点が合うと、サムエルは目を丸くした。
 (なぜお前が?)
 頭の中が混乱し、とても冷静ではいられない。
 サムエルは恐怖でおののきながらも必死に抵抗を試みる。
 (大丈夫だ。所詮相手は一人。俺がやられるわけがない)
 だが、そう思えば思う程、足が震え出してきた。さきほど紅平の首を絞めた手の感触がよみがえり、つばを飲み込む。
 ただものではない気迫を感じ、サムエルは、目の前の侵入者の顔を必至の形相で睨みつけるが、隙を見せない異様な殺気に自然と後ずさりしてしまう。

 やがて背中が棚に触れ、これ以上後退出来ないところまで追いやられた。
 先手必勝と、サムエルは左ストレートで攻撃する。
 だが、紙一重でかわされると、両肩を掴まれて股間にニーキックを喰らう。相手の方が一枚上手のようだ。
 あまりの激痛に前かがみになったサムエルは、ただ股間を抑えるのに必死だった。続けざま延髄に強烈な一撃を受けると、叫ぶ間もなく意識が遠のく。

 床に倒れ込んだサムエルを氷の眼で見下ろし、侵入者は鈍く光る刃物を振り上げると、首元に狙いを定めて勢いよく振り下した……。
 
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