第68話 第六章 完

文字数 1,264文字

 エメラとじゃれ合うサムエルと、それを見守る紅平をよそに、東條と溝吉と明日香の三人は控え室へ入ると、来栖沢は腰をさすりながら布団に包まっていた。
 ツバキは体育座りの姿勢で壁にもたれ掛かり、深刻な目でテレビの国営放送を眺めていた。
 やはりこの映画館の事件はまだニュースになっていないらしく、ツバキは空の息を吐く。
 テレビの中の時刻は現在お昼の十二時八分。当然壁の時計と同じ時刻を示しており、あと二十四時間持ちこたえれば、この地獄から解放される……はずである。
 ――既に四人が亡くなっていて、これからも死人が増え続けるかもしれない。
 それは明日香だろうか、それとも東條自身なのか。賞金なんて要らないから早くここから出して欲しいものだと心から願う東條であった。

 エメラの件をツバキに話すと、心配の声が上がった。あの二人に任せて大丈夫なのかと不安らしい。
 しかし、エメラと無邪気に戯れるサムエルたちの様子を明日香が語ると、ツバキは安心したらしく笑顔が戻った。
 そこで気が緩んだ東條は、まだ昼間だというのにあくびを連発した。昨夜、熟睡しきれなかったせいで疲労が取れなかったのだ。その後も立て続けに、二体の死体出現し、緊張状態が続いたのも影響したのだろう。
 東條は畳の上に寝転び毛布に包まると、すぐに意識が遠のいた……。

 ――どれくらいの時が経過したのだろうか。
 大声で笑い声をあげている溝吉の手を叩く音で、東條は眠りから覚めた。この男のライブラリーに配慮というワードはないらしい。
 寝ぼけ眼で壁の時計に眼を向けると、十三時四十分を表示していた。一時間半ほど眠っていた計算になる。
 つけっぱなしになっているテレビは、知らない芸人の出ているバラエティ番組に変わっていた。
 悪びれる様子のない溝吉はしかめっ面の東條に「この番組オモロイやろ。ワイが手掛けたんや」などと、どうでもいい情報を押し付けてきた。
 来栖沢はいつも通り布団で高いびきだが、明日香とツバキの姿が見えない。
 溝吉によると、東條の目覚める少し前に紅平が来て、またエメラが逃げ出したと大騒ぎになったらしい。
「放って置けばええんや、どうせここからは出られへんさかい」との溝吉の意見に耳を貸さず、彼女たちはエメラ探しに出たのだという。それで気が紛れるならばと思い直し、まだ疲労感が残る東條は、再度眠りの世界へと落ちていった。

 その安らかな時間も束の間、東條は明日香の声で叩き起こされる事態となった。
「東條さん! お願い、起きて!!」
 その声は悲しみに染められ、顔をクシャクシャにしかめながら尋常じゃない程の大粒の涙を流していた。
 ――また誰か殺されたのか?
 そんな不安が頭をよぎる。
 明日香からは何の説明もなく、涙の理由を求めても、とにかく来ての一点張り。
 東條は重い腰を上げると、いつの間にか毛布に包まりいびきを上げる溝吉と、相変わらず眠り続ける来栖沢を残して、明日香に促されるまま控え室を出た。
 
 この少し後、東條はこの最悪の館に入って以来、最も辛い現実を知ることとなった……。
 
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