第23話

文字数 2,522文字

 ツバキと溝吉の二人も、やはり例のメールを受け取っていたらしい。メール画面を見せてくださいと東條が頼むと、ツバキは素直に応じたが、溝吉は頑なに拒み続けた。プライバシーにかかわるとの理由だったが、代わりに内容を読ませてみると、ところどころ詰まりながらも最後まで口にすることができた。まさか全文を暗記しているとも思えず、本当に画面を見せたくないのだろうという印象を持つに至った。
 どうだとばかりに胸を張る溝吉。今度は来栖沢夫妻に興味を持ったらしく、二人の前に歩み出ると、あごをしゃくりながら話しかけだした。
「そうでっか。爺さんが来栖沢栄太はんで奥さんが光江はんか。しかし歯医者には見えへんな。歯よりもまずは腰を治しなはれ。そんな調子で今回のゲームに勝つつもりや無いやろな。あんたらがどないな武器か知らんが、どうせすぐに()られまっせ。まさに敗者(はいしゃ)やな」
 年配者を相手に失礼な奴だと東條は溝吉という男を蔑んだ。老夫妻も怪訝な顔を関西弁の男に向けている。
 東條はたまらず声を上げた。「おい、失礼じゃないか! 来栖沢さんは無理を推して参加しているんだぞ!!」見ると、ツバキも呆れてものが言えないといった表情をしている。
 しかるに溝吉は全く堪えていないらしく、したり顔で言い返してきた。
「んなこと言って、どうせ金に目がくらんだんやろ? さもなくば、よっぽど他人に知られたくない事実があるんやないか? こいつらをかばうやなんて、東條はん、ヒーローのご登場ってわけやな」
 すると今度は明日香が割って入る。
「あなたこそ、賞金目当てなんでしょう? 武器を交換しようなんて人を殺す気満々ね。それに今時

なんて名前、丁稚奉公みたいで笑えるわ。それに

のくせに、全然公平でもないようですしね」
 なかなかうまい事を言うな。東條は明日香を少し見直した。
 しかし、言われた丁稚奉公も負けてはいない。
「姉ちゃんこそ、けったいな名前やな。

ってか。『今日か、

、明後日か』優柔不断にもほどがあるわ。……しかし、ええツカミ出来るで。芸人になりなはれ、ワイが紹介したるさかい」
 ぐうの音も出ない様子の明日香。顔を真っ赤に膨らませながらも言い返すこともできず、ただ口をもごもごさせていた。後から聞いた話によると、

は小学生の頃のあだ名だったらしい。
 溝吉の口撃はまだ終わらない。
「そこの大学生の兄ちゃん。名前は確か大沼和弘やったな……おおぬまかずひろ……まあ、どうでもええや」
 どうやら上手いダジャレが思いつかなかったらしい。彼の追撃も潰(つい)えたようで、ここは大沼に軍配が上がった形だ。もっとも彼自身は何もしていないのだが。

 溝吉が大人しくなったところで、東條はみんなの前に立ち、軽く咳払いをした。必然的に六人の視線が一斉に集まった。
「ここはひとつ、この状況を冷静になって整理してみませんか? とても正気の沙汰とは思えませんが、ギフトマンからのメッセージが本当だと仮定しましょう。彼の話では、明後日の正午まで生き残った者が、十二億円を山分けするんでしたよね。計算したところ、この映画館には、ゲームの参加者が全部で十二人いると思われます。そうです、一人あたりちょうど一億円です。みなさんがどれだけのお金を所望しているかは判りませんが、無意味な殺し合いなんかせずとも、これだけあればこと足りるのではないでしょうか? たった二日の間じっとしているだけで一億円貰えるんですよ。ギフトマンが何者で、何を企んでいるか知りませんが、奴の挑発に乗ってはいけません。ここはみんなで協力して、明後日の正午を待ちましょう!」
 東條の力説に拍手が巻き起こった。テレビマンの溝吉もようやく冷静になったようで、攻撃的な態度からは一変、口元を緩めながらうんうんと頷いていた。
「この(あん)ちゃんの言う通り。みんなが手を取り合って仲良く賞金をゲットしようやないか。それにギフトマンなんてお中元の配達員みたいやしな」口調は相変わらずだった。
 そこで大沼が訊いた。「ところで東條さん。少し疑問に思ったんですけど、どうしてゲームの参加者が、全部で十二人だと思うんです? ここには七人しかないわけですし、僕がホールへ入った時は、自分を入れて四、五人くらいしかいなかったですよ。それに映画の途中で入ってきた人もいたでしょう? ギフトマンの映像の後はみんな混乱していて、人数を把握するどころじゃなかったんじゃありませんか?」
 すると来栖沢医師が口を開く。
「わしの記憶では、館内が暗くなってからしばらくして、後ろから明かりが見えた。何回だったかは覚えておらんが、二回以上だったのは間違いない。東條さん、その時、誰か入って来たのは間違いないんだな?」
 来栖沢の問いに東條は答えた。
「その通りです。俺たちがシアターホールに入った時は全部で九人いました。ちゃんと数えましたから間違いありません。その後、照明が落ちて上映が始まると、十分くらい経ってから一人の男が後方の席に着きました。仮にその人物をXとします。Xは今、ホール内の座席に座っているので、後からでも合流することでしょう」
 そこで一息つくと、また説明に戻った。
「そしてさらに五分ほど経過してから再び扉が開き、誰かが入ってくる気配を感じました。それがYです。ここには今いませんが、白人の女性でした。……それから数分後に三回目の扉が開いたのを覚えています。扉が自動で開くわけがないので、誰かが入ってきたのは確実です。ここはZと呼びましょう。……そうだよな明日香」
 いきなり名前を呼ばれ、「えっ?」と動揺を見せるが、明日香はすぐに「そうよ、間違いないわ」と同意し、東條は満足げに頷いた。
「ということは映画の上映が始まってからX、Y、Zの三人の人物が入館したことになります。合計で十二人。映画で言う所の『十二人の怒れる男』ということになります。もっとも我々の場合は『十二人の怒れる男女』ですね」
 場を和ませるためのジョークだったが、誰もピンとこなかったらしく、みな表情は険しかった。東條は照れ隠しのために、頭の裏を掻きながら「なんちゃって」とおどけて見せた。


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