第31話

文字数 2,454文字

 調査を終えてトイレを後にすると、明日香とキャサリンが待っていた。さすがに二人だと調査も早いようだ。もっとも東條がウイスキーを傾けなければ、彼女たちを待たせることなど無かったかもしれないが。
 明日香の話で、女子トイレにも隠し扉は見つからなかったことを知ると、今度はロビーを経由して下手側の通路の先を調査することにした。

 相変わらず英語で談笑している二人の後をついていくと、公衆電話の傍にある喫煙所にサムエルと紅平が煙草をふかしているのを眼にした。彼らは言葉が通じずとも、意思の疎通が出来るらしい。互いに身振り手振りを交え、笑顔を見せている。
 その様子を見ているうちに東條も一服したくなった。そういえばここに来て以来、まだ一本も吸っていない。ヘビースモーカーの自覚は無かったが、二人がうまそうに煙を吐き出しているのを見ると、どうしてもポケットに手が伸びてしまう。さっきトイレで吸えばよかったと後悔しても始まらない。ウイスキーを飲んだだけでも満足せねばならないだろう。
「お前さんも一服どうだね?」紅平は灰を落としながら誘ってきた。
 だが、明日香はともかくキャサリンが一緒の手前、そういうわけにもいかない。
 後ろ髪をひかれながら、折角ですがと手を振ると、潔く諦めて館内を廻り続けるために足を進めることにした。
 去り際、気のせいか、サムエルの視線が鋭く光ったように感じ、背筋に冷たい電流が走った。

 ロビーに並んだベンチを見てみると、休憩している筈の来栖沢夫妻の姿が消えていた。きっとどこか別の場所に移動したと思われる。

 下手側の通路に足を向けたところで、シアターホールのスクリーン裏に搬入口があると大沼が言っていたことを思い出す。どうせ無駄足だろうが、それでも確認せずにはいられない性分の東條は、ちょっと覗いてみようと明日香に相談した。
「いいんじゃない? どうせ全部回るつもりだったし」
 するとキャサリンも、「ミーも賛成。スクリーンのバックヤード、ワンチャン見たかったネ」
 ワンチャンの使い方が間違っている気がするが、敢えて突っ込みは入れない。
 三人は下手側の探索を後回しにして、東條はホールの扉を開けた。

 その途端、前方にあるステージから、何かを打ち付けるような金属の響きが鼓膜を揺すった。近藤の死体が目に入らないよう、顔を背けながらステージを目指して歩を進めると、スクリーンを見ているうちにギフトマンの白い仮面が脳裏に蘇った。

 ――奴の正体は何者なのだろう? こんなくだらないゲームを仕掛けて一体何の得になるというのだ。
 もしかしてギフトマンこそがZなのではないだろうか?
 その可能性は充分にあった。ゲームといいながら、彼自らの手で参加者を亡き者にするつもりなのかもしれない。
 そういえばそんな内容の映画があった。ネタばれになるので明日香には言えないが、数年前に大ヒットを記録した猟奇的なホラー作品だ。ギフトマンはそれを模倣しているのかもしれない。

 ステージに上がってみると、打撃音がさらに大きくなる。
 スクリーンの裏に回ってみると、そこには身長を凌ぐくらいの黒くて巨大なスピーカーが二台並んでいた。成程、音質が良かったのはこのおかげなのかと、つい見惚れてしまう。高さのわりに奥行きがないので、中に人が隠れることはできない。

 スピーカーの裏に回り込むと、音の正体はすぐに判った。大沼が奥の扉を金づちで叩いていたのである。明日香とキャサリンはそれを一瞥すると、下手と上手に分かれて袖に向かった。
 大沼は東條に気が付くと、振り向きながら金づちを持つ右手を止め、だらんと下におろした。
「あっ、東條さん。やっぱり鍵は壊れません」がっくりと肩を落とし、唇を剥きながら東條たちに悲しげな眼を向けた。扉には搬入口と書いてあり、装置を搬入しやすいためにか、普通の扉よりもかなり大きめな設計だ。それでもスピーカーよりは若干小さい。おそらくこのステージ上で組み立てられたと思われる。
 彼の話では、この扉を見つけたが、鍵がかかっていて開くことが出来なかったらしい。一旦は諦めたものの、光江から金づちを借りて再度チャレンジに戻ったということだった。つまり光江に与えられたアイテムは金づちであることが判明した。
 ドアノブには傷だらけのカギ穴が見えていた。金づちの影響か、少し変形している。これでは鍵が見つかったとしても開錠は難しいかもしれない。大学生の割に頭の回らないなと軽蔑しかけたが、この状況下では誰しも冷静な判断が出来るとは限らない。

 東條は受け取ったアイテムについて大沼に訊ねてみた。
 しかし、彼は答えたくないようで、返事を渋った。てっきり打ち解けていると感じていただけに、未だに警戒心を解こうとしない大沼に、東條は落胆を憶えた。
 それまで気が付かなかったが、青年の顎の先には三センチほどの傷跡があった。その視線に気が付いたらしく、大沼は顎をさすりながら、なんでもない風にいった。
「ああ、これですか? 去年の今頃、試合で転んだんですよ。これでも大学でバスケットをやってるんで。大したことありませんから気にしないでください」
 ――そういわれても。
 東條は気にせずにはいられない。本当に転んでできたものだろうかと疑問を持った。大沼は転んでついた傷だと語ったが、それにしては不自然に思えてならない。あれは転んで擦りむいたというより、刃物で切り付けられたような印象だった。今は、はばかられるが、医師である来栖沢に訊いてみることにした。歯科医だが素人よりは参考になるかもしれない。
 もっとも、今回の件にはまったく関係ないだろうが、それでも一度気になり始めたら、解決するまで納得がいかないのが東條の性分だった。

 左手の甲で額の汗を拭い、再び金づちを振り回し始める大沼。「もう少し続けてみます。無駄なあがきかもしれませんが、何もしないよりかはまだ気がまぎれます」
 それで気が済むのであればと、敢えて止めるようなことをせず、東條はその場を離れた。
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