第3話

文字数 1,282文字

 しばし考えるポーズを取った後で、勿体つけるように首を縦に振った。
「……判った。お前の好きにするがいい」
 ありがとうございますと頭を深々下げ、剛田は礼を述べる。「私の個人的な我がままを聞き入れてくださいまして、誠に恐れ入ります。これで心置きなくプロジェクトに参加できるというものです」若干声が震えていたが、男は気づかなかった

をする。
「……ただし、一つ条件がある」男は口元を少し歪める。
「何でございましょう?」今度は声が上ずり気味になった。
「それはだな……」
 意外過ぎるその条件に返事をこまねいている様子だった。しかし答えは既に決まっている。イエス以外の選択肢がないことは、剛田自身も承知の筈だからだ。例え先ほどの申し出が無かったにせよ、早晩その提案を持ち出すつもりでいた。条件は口実に過ぎない。
「承知しました。早速リサーチを始めます」剛田は唇を噛みしめた。
「時間がない。早くするんだ。なんどもいうが、今回のプロジェクトに失敗は許されない。成功のカギは全てお前の双肩に掛かっているといっても過言ではないのだぞ」
「心得ております。あなた様を落胆させるようなことは決してございません。必ずやご期待に応えてみせます。どうぞお任せください」
 深くお辞儀をすると、剛田は音もなく部屋から姿を消した――。

 再び仮面を手にした男は、デスク上のパソコンに眼をやり、ぼんやりと眺める。画面には(仮)の取れたプロジェクト名が煌々と照らし出されていた。

 ――『イノセント・ゲーム』――

 それは

と呼ぶにはあまりに危険すぎる遊戯といえた。人類史上かつてない未曽有の戯言と揶揄されるかもしれない。
 だが男にとって、この

は人生最後のチャレンジであり、最高のギャンブルでもあった。

 ひとり、含み笑いを浮かべると、引き出しを開け放ち、焦げ茶色の葉巻に手を伸ばす。前々から医者に止められているが、そんな事にいちいち構っていられない。どうせ生い先長くはない身だ。剛田の前では気を使って吸えないのだが、今は存分に煙を嗜むことが出来る。

 ――生い先短い命。

 それは男の為というより、むしろ剛田のためにあるような言葉だった。どちらの余命が短いかは火を見るより明らかである。
「……全て計画の為だ。許してくれ」
 そう独り言を呟くと、柄にもなく神に祈りを捧げる。それはプロジェクトの成功と剛田の無事を祈ってのことだ。

 これから行われる殺戮の遊戯に胸躍らせながら、葉巻の煙を半分ほど堪能する。
 飲みかけのブランデーを最後まで傾けた。
 コロンと氷が鳴るとデスクにグラスを置く。パソコンを閉じ、おもむろに仮面を装着した。
 リモコンを背後に設置したビデオカメラに向け、背中越しに録画スイッチを押す。
 カメラの作動音が聞こえると、椅子をゆっくり回転させて、仮面の奥の瞳からレンズをしっかりと見据えた。
 本棚に囲まれた部屋には、男のくぐもった声が響き渡り、カーテンの隙間からは一筋の陽光が差し込んでいた。

「ようこそ選ばれし者たちよ。私は……」

 ――男はここに、<イノセント・ゲーム>の開会を宣言した。
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