第78話

文字数 1,914文字

「……というのが、俺の立てた仮説です」東條は自分の推理を三人に語った。
「でも……もしその通りだとすると、あなた達は何故殺されなかったの?」ツバキは疑問を述べた。
「多分それは、俺たちが二人だったからじゃないかな。いくらサムエルといえども男性二人を一度に相手にしたら、対処できないと判断した。もし俺一人だったら、今頃はもうこの世を去っていたかもしれないな」
 誘われたとはいえ、もし、一人でトイレに行っていたらと思うと気が気でならない。この時ばかりは溝吉に感謝した。もちろん心の中でだが。
「それならば、どうして紅平さんは殺されたのかしら? 二人は仲間だったんでしょう?」
 明日香の質問に東條は己の解釈を述べた。
「おそらくサムエルは売店で身を潜めながら聞き耳を立てていた。そして断片的に聞こえてくる三人の会話を聞いていくうちに、紅平が罪を認め、そのうえ共犯であることまで打ち明けたものだから、彼に対し殺意が沸き起こった。いくら日本語が苦手とはいえ、会話の端々からそれを感じ取ったんだろう。サムエルは俺と溝吉さんが控え室に入っていくのを見届けると、売店から出て、ぎっくり腰で動けない紅平さんに襲い掛かった……」
 死体となった紅平を見下ろす四人。光を失ったまぶたを閉じ、東條と溝吉は彼の屍を倉庫に運んだ。

 これで六体の死体が並んだ。エメラの分を省いて。

 喫煙所にて東條は煙を吐き散らす。溝吉はとっくに煙草を切らしていたが、東條が分け与えると、遠慮がちに一本取りながら感謝の意を表した。彼の珍しく殊勝な振る舞いに、逆に気後れしてしまう。
 東條は自分がなぜここに来たのかを語り出した。あれだけ嫌っていた溝吉だったが、今や戦友のような気持ちになっていた。
 溝吉も同じ思いらしく、東條の話に相槌を打ちながら耳を傾けていたが、やがて彼自身が打ち明けだした。
「……ここへ来たんは、大した理由やおまへん。そりゃもちろん大金が欲しかったのもあるが、テレビマンとしての食指が動いたんや。例え冗談や詐欺だとしても、格好のネタになると踏んでたんやで。……まさかこんな事態になるとは夢にも思わへんやったがな。……本当は小型のビデオカメラも持って来とったんやが、受付のオバハンに没収されたんや。つれないのぉ」
 ――ビデオカメラを没収されたのは何か意味があるのだろうか? もしかしたらギフトマンにとって、撮られて困る何かがあるのかもしれない。
 
 控え室に戻ろうとした時、ふと、倉庫の扉の前になにかが落ちているのを見つけた。拾い上げてみると古びた手帳だった。朱色のカバーがしてあり、所々変色していて使い込まれた跡がはっきりと認識できる。
 ――これは誰のものなのだろう? 
 内容が気になったが廊下に長居するのもはばかられ、とりあえずポケットにしまう。溝吉は怪訝な顔つきをしていたが、特に何も言わなかった。

 控え室へと戻ると、明日香とツバキはテレビに視線を向けていた。こんな時に刑事ドラマときている。コメディらしく時々、二人から笑い声が漏れた。もうエメラの事など遠い昔のように映ったが、本心は忘れようと敢えてきにしないように振る舞っているのかもしれない。

 東條も腰を下ろしてテレビを観るが、不意に溝吉が肩を叩いてきた。
「なあ、サムエルのことなんやけど、映写室のドアにバリケードを立てて、ドアが開かんようにしたらどうや。そして明日の正午まで待つ。それやったら無事に賞金を獲得できるで。あの筋肉野郎にも配られるのは(しゃく)やけどな」東條は返事に困り首をあいまいに捻ると、溝吉は「現時点で生き残っているのが全部で五人やから、全員で賞金を分けるとするとひとり頭……ええと、いくらになるんやったっけ?」
 暗算も出来ないテレビマンにエリートシステムエンジニアはすかさず答る。
「二億四千万円になります。確かにそれは名案ですが、どうやってドアを塞ぎますか? あの通路には何も無いですよ」
「通路の壁にパネルがあったやないかい。あれで何とかならへんやろか?」
 確かに控え室の外の通路には映画のパネルが並んでいる。しかし、バリケードして使うには強度が足りないように思える。
 その旨を伝えると、溝吉は代案を出してきた。
「だったらロビーからベンチを持ってくればええがな」
「あそこのベンチはボルトで床に固定されていますから無理ですね」そこで東條は、ある事実を思い出した。「それに控え室と違って、映写室の扉は内開きになっていますから、バリケードを張ってもあまり意味はないでしょう」
「そうか。じゃあ他にあいつを閉じ込めるええ方法はないやろか?」
 するとツバキは吐き捨てるように言った。
「そんなものはありません!」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み