第93話

文字数 2,442文字

 状況を理解できていないらしく、明日香は口を丸くしながら頭をかきむしった。
「えっ? キャサリンはゲームの参加者じゃなかったの?」
 まさかという顔のツバキは明日香と目と合わせながらまばたきを何度も繰り返す。そこで東條の推理は佳境に入った。
「そういうことになるな。おそらく彼女はゲームとは違う別の目的で近藤さんを殺害しようと後を追っていた。そしてこの映画館までたどり着き、ロビーに入ったところで近藤さんは自分が狙われていることに気づいてしまった。彼女は参加者ではなかったのだから入館の際、受付嬢に止められたに違いない。それがきっかけだったのだろうな。そしてキャサリンは、助けを求めてホールに逃げ込もうとする近藤さんの背中を拳銃で撃った。その時弾が尽きたと思われる。致命傷を与えたと確信したキャサリンは、証拠を消すために床の血痕を拭いてシアターホールに入り、通路や既に虫の息であった彼の足元の血痕も消す。そして隣に座り、死亡を見届けたところでギフトマンのメッセージが始まった。そこですべてを理解した彼女は、近藤さんのアタッシュケースの中身と空になった拳銃を入れ替える。そして怪しまれないように反対である上手側の席に座り、さも初めからそこにいたように振舞った。照明が付いた時、キャサリンはアリバイ作りのためにわざと自分の姿を俺たちに目撃させた。すぐに逃げようと思っただろうが、シャッターが下りて出られない状況になったのを悟ると、今度は参加者のふりをすることにした」
 息を切らせた東條は、少し間を開けると、二人の顔を見つめながら言った。「ギフトマンのメッセージに、英語じゃなくてロシア語の字幕しか流れなかったのはその為さ」
 それでも釈然としない様子の明日香。
「でも、キャサリンの携帯にはちゃんとギフトマンからのメールがあったじゃない。あれはどう説明するの?」
 その疑問に対しても、東條は答えを用意していた。
「明日香、あの携帯は近藤さんの物だったんだよ」その当時を思い出して首を振ると、明日香はまさかというような顔をした。「つまり、あの携帯は近藤さんから奪ったもので、俺たちは彼当てのメールを見せられたんだ。彼の携帯の色がピンクだったのは、キャサリンの物と交換した為さ。どうりでおかしいと思たんだ。あの時点でもっと疑うべきだったな」
 してやられたといった表情を浮かべ、東條は首をすくめた。
「でも、キャサリンは最初の夜に殺されたんじゃなくって? 彼女がZなら、その後の犯行はありえないわ」ツバキは口を尖らせ、キャサリン犯行説をきっぱりと否定した。
 だが、それすらも想定内の東條は推理を悠々と披露する。
「そこで来栖沢先生の登場だ。登場といっても俺じゃないからな」東條は左の眉を軽く吊り上げながらおどけるように言った。殺伐とした空気を少しでも変えたかったからだ。
 だが、変わるどころか逆効果だったらしく、明日香とツバキは露骨に顔をしかめた。場を和ませるつもりが、却って彼女たちの怒りをかったようだ。
「先生がどうかしたの? つまらないジョークはいいから、早く進めて」
 話を急かす明日香。東條は諭すように言った。
「手帳に書いてあった内容を思い出してごらん。来栖沢先生は大沼殺しを目撃されて、誰かに脅迫されていたじゃないか。その人物こそがキャサリンだったのさ」
 驚きの連続で、戸惑いを隠せない明日香とツバキ。
 唾を飛ばす勢いで、明日香は東條に迫っていく。
「えっ? それじゃあ来栖沢先生は大沼殺人の件で脅迫してきたキャサリンを殺したってこと? 私のアイスピックを使って?」
「いや、アイスピックを盗んだのはキャサリン本人だろう。彼女は大沼殺しの件で来栖沢先生を脅し、結託してひと芝居打ったんだ。

とね。だが、倉庫で発見された時の彼女は死んだ

をしていただけなんだ。つまり俺たちはまんまと一杯食わされたという訳さ――きっと彼女はずっとシーツに包まりながら俺たちの動向を伺っていて、隙を見て溝吉さんとサムエルを次々と殺害していったに違いない。光江さんを殺したのもおそらく彼女だろう」
「だから先生はキャサリンの検死の時、誰も近寄らせなかったのね。溝吉さんがキャサリンの死体を撮影しようとした時、あんなに激怒したのも、その為だった……」
 東條はダメ押しの証拠を二人に突き付けた。
「さっき倉庫でシーツをめくったら、キャサリンの代わりに丸められた毛布があった。控室の毛布が消えたのは、身代わりにさせるためだったんだろう。ということは……」

「ねえ見て!」
 東條の言葉を遮り、明日香は歓喜の声を発した。東條は反射的に視線を向けると、扉の上にある時計は十二時であることを告げていた。
 ――ようやく解放される。これでもう、独特な日本を話すアメリカ人に怯える必要はないんだ。
 安堵の溜息が漏れ、三人は倒れ込むようにベンチへと座り込んだ。
 そして六つの瞳は入り口の扉をじっと見つめ、シャッターが上がる瞬間を今か今かと固唾を飲みながら開くのを待ち構える。

 しかし、一向にシャッターの上がる気配がない。

 やがて五分が経過したが、シャッターが上がるどころか物音ひとつしない。
「どういうこと? 十二時はとっくに過ぎたわよ」ツバキが唾を飛ばす。明日香の表情も曇っていた。
「きっと少し遅れているだけさ。あと数分もすれば、俺たちは大金持ちなんだから、もう少しだけ待とう」二人を安心させようと、東條は明るく振る舞った。だが、彼自身もそれが気休めであることは自覚している。これだけのお膳立てをしておきながら、約束の時間になっても、何のアクションも起こさないとは考え難い。
 もしかしたらと東條たちはシアターホールに駆け込んだ。
 だが、スクリーンは沈黙したままだし、その裏にある扉も沈黙したまま、誰かが入ってくる予兆すらない。

 肩を落としてとぼとぼとロビーに戻ると、そこには彼らを待ち構えていたかのように、ひとりの人物が立っていた。
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