第83話

文字数 1,302文字

 すっかり眠気の吹き飛んだ東條は喉の渇きを憶え、控え室へと向かう。ツバキはいさたーホールで溝吉とよろしくやっているだろうから、今は明日香一人のはずだ。
 扉の前に立った東條はノックを鳴らす。眠っているかもしれないので、返事が無ければ諦めるつもりだった。
 だが、どうぞと即座に返答があった。彼女も寝付けなかったことが伺える。
 中に入ると、明日香は布団の上で足を延ばしていた。
「休んでいるところ悪いんだけど、水をもらえないかなと思って」東條は遠慮がちにいった。
「そう……冷蔵庫にミネラルウォーターがあるから」
 東條は冷蔵庫を開け、ミネラルウォーターのペットボトルを手に取った。
「邪魔してすまなかった。お休み、明日香」
 靴を履きドアノブに手を掛けた瞬間――。 
「待って!」
 いきなり明日香が背中から抱きついてきた。
 ペットボトルを床に落とし、無言のまま立ち尽くした。明日香の腕は力強く締まっていく。
 その手を優しくほどき、東條はゆっくりと振り返る。そして涙の滲む瞳を捕らえると、情熱の炎が燃えたぎるのを抑えることができない。
「約束する。君は必ず俺が守る。たとえ……」
 あとの言葉を遮るように、明日香は自分の唇で東條のそれを塞いだ――。

 二人は部屋の奥へ行くと、再び唇を重ねた。消せない明かりをもどかしく感じ、恥じらいを見せながらも明日香は自分から服を脱ぎだして下着姿になると、今度は東條のジャケットを脱がし、シャツのボタンを外し始めた。
「……シャワーがあればよかったんだけどな……」
 東條の囁きを最後に二人は布団に横たわり、生まれたままの姿で互いの身体を求め合った。噴き出す汗が絡み合い、息が荒くなる。
 そしてどうしようもなく抑えきれない愛欲に溺れていく……。
 一瞬だけあいつの顔がよぎった。全く似ても似つかないのに、どうしても明日香と重ねてしまう。
 もちろんそんなことなどおくびにも出さず、東條は真剣に明日香と向き合った。
 ツバキがいつ戻ってくるやも知れなかったが、愛する二人にとっては、もはやそれどころではなかった……。

 事が終わり、火照った身体に濡れたタオルをあてがい汗を拭うと、東條はくしゃくしゃになった服をかき集め、しわを伸ばしながら着替えた。
 裸のままの明日香は毛布に包まりながら、名残惜しそうな瞳で東條を見つめる。
「一人で大丈夫かい?」東條は優しくいった。
「そのうちツバキさんが帰ってくるから」
 明日香ははにかみながらVサインを返し、毛布をはだけて抱きつくと、お休みの接吻で愛を確かめ合った……。

      * * *

 ペットボトルを掴み、「おやすみなさい、また明日な」と、東條は控え室を去っていった。
 それを後見届けた明日香は、去り際にみせた東條の怪訝な表情が気になり、眉間にしわを寄せる。
「とっさにあの写真を見せたけど、まさか気づいてないわよね」
 下着を身に付けると、枕元にあるハンドバッグを引き寄せる。
 そしてドラッグケースから薬を五錠取り出すと、水道水で流し込んだ。
 再びバッグに手を伸ばし、二重になっている底を開ける。
 明日香はバッグから取り出した

を、決意の表情で強く握りしめた……。
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