第61話
文字数 2,330文字
控え室へと戻ると、そこにキャサリンの姿はなかった。
東條は来栖沢、溝吉、サムエル、紅平、そしてツバキにキャサリン黒幕説を話し、徹底的に捜索すると共に、秘密の隠し扉などが無いか、館内を再度調べる事にした。
溝吉とサムエルは映写室、ツバキと紅平はトイレへ、東條と明日香はシアターホールを担当し、そして来栖沢はそのまま司令塔(?)兼エメラの世話係として控え室に留まることになった。館内を調べるのはこれで三度目になるが、
ホールの扉を開けると、中はさっきと同じで、一見して客席に誰もいないのが判る。先ほどは声をかけただけで、ステージ上は確認していないが、別の場所にいる可能性が高い。もし生きているとすれば……だが。
それでも諦めずに今度はより細かく探索を進める。
キャサリンを呼ぶ東條と明日香の声が壁や天井に反射して、虚しくこだまする。
もしかして席の間に倒れているかもと、後ろから順番に伺ってみる。しかし、アタッシュケースが乱雑に散らばっているだけで、先頭まで行ってもキャサリンどころかネズミ一匹存在しない。
ステージに上がってはみたものの、スクリーンの裏は昨日と同じくバカでかいスピーカーが鎮座しているだけで、搬入口の扉も閉ざされていた。上手奥置かれた暗幕に変化は見られず、めくってはみたものの、なにも挟まっていなかった。
しかし、注意深く観察すると、暗幕が入れ替えられた跡が確認できた。つまり誰かが使用したものと推測できる。
――ここにキャサリンが寝ころんだのだろうか?
壁や床をこれでもかと慎重に確認して回ったが、もちろん秘密の扉など存在しない。
諦め顔の明日香を控え室へと戻すと、東條はひとりで喫煙所へ足を向けた。
そこには紅平とツバキの姿があった。確か二人はトイレを探索しに行っていたはず。話を聞くとキャサリンはおろか、秘密の扉らしい個所は見られなかったという。
やっぱりと肩を落としかけたが、話はそれだけでは無かった。ツバキが衝撃のアリバイを言い放つ。
「東條さん。昨夜、何があったか知らないけれど、午前三時から五時の間なら私と紅平さんには完璧なアリバイがあるわ」ツバキは紅平に視線を送った。「そうでしょう?」
彼は顔を真っ赤にしながら身体を背け、肩を震わせながら煙草をくわえている。来栖沢の検死によると、大沼殺害の推定時刻は午前四時だったので、もしツバキの話が本当であれば、彼女と紅平に犯行は無理ということになる。もちろん二人が共犯でなければだが。
「アリバイ? 紅平さんと何かあったんですか」
「何かあったのよねえ、紅平さん」
背中を向けて知らんぷりを決め込む紅平。否定しないところを見ると、昨夜、二人はそういう関係であったのは間違いなさそうだ。それにしても、どうしてこのじいさんなんだ。羨ましくなんて全然ないぞ。俺には明日香が……。
歯ぎしりを我慢できない東條だった。
「ステージの奥に暗幕が積んであったでしょう? あれはベッド代わりとして使えるわよ。今度明日香さんを誘ってみたらどうかしら?」明日香が一緒でなくて良かったが、あけすけにものをいうツバキに辟易せずにはいられない。
だが、おかげで暗幕の謎が解けたのだから、紅平に嫉妬している場合ではない。
含み笑いを見せるツバキは、おどけるように紅平の腕を掴む。慌てて振りほどく好々爺だったが、小悪魔のイタズラは一向に止む気配を見せない。
続けて頬に口づけをすると、ようやく観念したらしく、引退した和菓子職人は急に大人しくなった。
「誤解しないでくれ。ワシらはまだそんな関係じゃない」
「まだ、ね」
ツバキは意地悪そうな微笑みを浮かべると、二人はロビーから姿を消した。
ぽつんと残された東條は、吸い終わって灰になった煙草を何気なく眺めていると、不意にテレビマンである溝吉の顔が浮かんだ。
マスコミの人間として、かれはこれまでの死体の記録を残している。もしかするとこの状況を利用し、ライバルを減らしつつ、特ダネを掴むという、一挙両得を目論んでいるのではないだろうかと東條は考えた。
もしかするとキャサリンも彼の手に掛かって、既にこの世にはいないのかもしれないという方向へ思考が傾く。
捜索を続けている他のメンバーには申し訳ないが、これだけ探しても見つからないのだから、彼女が生きている可能性は極めて低いと思わざるをえない。だが、もし殺されているとしても、せめて死体は何処かにあるはずだ。これだけ探して何も見つからないということは、やはり秘密の扉など存在しないと考えるのが自然だ。
――では、死体をバラバラに解体して、トイレに流したとしたらどうだろう?
解体と言えば、ツバキの持っていたナタが真っ先に思い浮かぶ。しかし、トイレに流すほど細かく切り刻むには、相当の体力と時間が必要である。例えツバキと紅平が共犯だとしても厳しいと言わざるをえないだろう。それに痕跡をまったく残さずに解体できる場所すら思いつかない。ここにはバスルームどころかシャワーさえないのだ。
キャサリンは煙のように消えてしまった。この煙草の煙みたいに。
――もし、死体を秘匿するとしたらどうするだろう。俺ならどこへ隠す? トイレ、シアターホール、ステージの裏、映写室、倉庫……。駄目だ、心当たりの場所は全て捜索済みだ。
無駄足かもしれないが、もう一度倉庫へ行ってみる事にした。
昨日、隠された扉が無いことは確認済みだが、自分を納得させるためだった。実のところあそこには二度と足を踏み入れたくはないが、躊躇するわけにもいかない。
考えたくはないが、今後も死体が増えるだろうし、それには明日香も含まれる。もちろん東條自身の可能性も捨てきれなかった。
東條は来栖沢、溝吉、サムエル、紅平、そしてツバキにキャサリン黒幕説を話し、徹底的に捜索すると共に、秘密の隠し扉などが無いか、館内を再度調べる事にした。
溝吉とサムエルは映写室、ツバキと紅平はトイレへ、東條と明日香はシアターホールを担当し、そして来栖沢はそのまま司令塔(?)兼エメラの世話係として控え室に留まることになった。館内を調べるのはこれで三度目になるが、
ホールの扉を開けると、中はさっきと同じで、一見して客席に誰もいないのが判る。先ほどは声をかけただけで、ステージ上は確認していないが、別の場所にいる可能性が高い。もし生きているとすれば……だが。
それでも諦めずに今度はより細かく探索を進める。
キャサリンを呼ぶ東條と明日香の声が壁や天井に反射して、虚しくこだまする。
もしかして席の間に倒れているかもと、後ろから順番に伺ってみる。しかし、アタッシュケースが乱雑に散らばっているだけで、先頭まで行ってもキャサリンどころかネズミ一匹存在しない。
ステージに上がってはみたものの、スクリーンの裏は昨日と同じくバカでかいスピーカーが鎮座しているだけで、搬入口の扉も閉ざされていた。上手奥置かれた暗幕に変化は見られず、めくってはみたものの、なにも挟まっていなかった。
しかし、注意深く観察すると、暗幕が入れ替えられた跡が確認できた。つまり誰かが使用したものと推測できる。
――ここにキャサリンが寝ころんだのだろうか?
壁や床をこれでもかと慎重に確認して回ったが、もちろん秘密の扉など存在しない。
諦め顔の明日香を控え室へと戻すと、東條はひとりで喫煙所へ足を向けた。
そこには紅平とツバキの姿があった。確か二人はトイレを探索しに行っていたはず。話を聞くとキャサリンはおろか、秘密の扉らしい個所は見られなかったという。
やっぱりと肩を落としかけたが、話はそれだけでは無かった。ツバキが衝撃のアリバイを言い放つ。
「東條さん。昨夜、何があったか知らないけれど、午前三時から五時の間なら私と紅平さんには完璧なアリバイがあるわ」ツバキは紅平に視線を送った。「そうでしょう?」
彼は顔を真っ赤にしながら身体を背け、肩を震わせながら煙草をくわえている。来栖沢の検死によると、大沼殺害の推定時刻は午前四時だったので、もしツバキの話が本当であれば、彼女と紅平に犯行は無理ということになる。もちろん二人が共犯でなければだが。
「アリバイ? 紅平さんと何かあったんですか」
「何かあったのよねえ、紅平さん」
背中を向けて知らんぷりを決め込む紅平。否定しないところを見ると、昨夜、二人はそういう関係であったのは間違いなさそうだ。それにしても、どうしてこのじいさんなんだ。羨ましくなんて全然ないぞ。俺には明日香が……。
歯ぎしりを我慢できない東條だった。
「ステージの奥に暗幕が積んであったでしょう? あれはベッド代わりとして使えるわよ。今度明日香さんを誘ってみたらどうかしら?」明日香が一緒でなくて良かったが、あけすけにものをいうツバキに辟易せずにはいられない。
だが、おかげで暗幕の謎が解けたのだから、紅平に嫉妬している場合ではない。
含み笑いを見せるツバキは、おどけるように紅平の腕を掴む。慌てて振りほどく好々爺だったが、小悪魔のイタズラは一向に止む気配を見せない。
続けて頬に口づけをすると、ようやく観念したらしく、引退した和菓子職人は急に大人しくなった。
「誤解しないでくれ。ワシらはまだそんな関係じゃない」
「まだ、ね」
ツバキは意地悪そうな微笑みを浮かべると、二人はロビーから姿を消した。
ぽつんと残された東條は、吸い終わって灰になった煙草を何気なく眺めていると、不意にテレビマンである溝吉の顔が浮かんだ。
マスコミの人間として、かれはこれまでの死体の記録を残している。もしかするとこの状況を利用し、ライバルを減らしつつ、特ダネを掴むという、一挙両得を目論んでいるのではないだろうかと東條は考えた。
もしかするとキャサリンも彼の手に掛かって、既にこの世にはいないのかもしれないという方向へ思考が傾く。
捜索を続けている他のメンバーには申し訳ないが、これだけ探しても見つからないのだから、彼女が生きている可能性は極めて低いと思わざるをえない。だが、もし殺されているとしても、せめて死体は何処かにあるはずだ。これだけ探して何も見つからないということは、やはり秘密の扉など存在しないと考えるのが自然だ。
――では、死体をバラバラに解体して、トイレに流したとしたらどうだろう?
解体と言えば、ツバキの持っていたナタが真っ先に思い浮かぶ。しかし、トイレに流すほど細かく切り刻むには、相当の体力と時間が必要である。例えツバキと紅平が共犯だとしても厳しいと言わざるをえないだろう。それに痕跡をまったく残さずに解体できる場所すら思いつかない。ここにはバスルームどころかシャワーさえないのだ。
キャサリンは煙のように消えてしまった。この煙草の煙みたいに。
――もし、死体を秘匿するとしたらどうするだろう。俺ならどこへ隠す? トイレ、シアターホール、ステージの裏、映写室、倉庫……。駄目だ、心当たりの場所は全て捜索済みだ。
無駄足かもしれないが、もう一度倉庫へ行ってみる事にした。
昨日、隠された扉が無いことは確認済みだが、自分を納得させるためだった。実のところあそこには二度と足を踏み入れたくはないが、躊躇するわけにもいかない。
考えたくはないが、今後も死体が増えるだろうし、それには明日香も含まれる。もちろん東條自身の可能性も捨てきれなかった。