第95話

文字数 1,841文字

 大きなため息を漏らすと、明日香は重い口調で弁明を始める。
「……襲われたのは事実よ。信じてくれないかもしれないけれど、さっきあなたが控え室に来た時に打ち明けようとしたの。けれど、ツバキさんが入ってきて言えずじまいだった……」
 言い訳じみた内容であるが、一先ず最後まで話を聞いてみようと、そうだったのかと相槌を打つ。
「昨夜、あなたが控え室を出て行った後に金庫を開けようとしたの。エメラの死因が本当に青酸カリだったかどうかを確認したかったから。……紅平さんの瓶を調べてみると、あなたの推理通りコルクに針の穴があった。安心したような落胆したようなどっちつかずのまま扉を閉めようとしたところで、いきなり誰かに襲われたのよ」明日香は顔をまっすぐキャサリンに向け、毅然とした態度で言い放つ。
「あれはあなたの仕業だったのね」
 明日香は自分の不注意な行動が紅平とサムエルを死に追いやってしまったことに、ひどく後悔しているようだった。どうしてスペアキーを持っていたのか質問したが、ごめんなさいと小さく呟くだけだった。
「ユーがキーを持っていたと知った時はオドロイタワ。おかげで残りの殺人は上手くイッタ。このガンを使っても良かったんだけど、セッカクこんな素晴らしいステージが用意されているのに、これで殺してはアジケナイでしょう? それにガンをぶっ放すと銃声がするし、残りの弾は三発しかないから、ミナゴロシには足りない。元々こんなことになるとは想像もしてなかったから、スペアのバレットもナッシングだったワ」キャサリンは腰のポーチからスタンガンを取り出した。
 東條は躊躇することなく金髪のコロシヤに迫った。
「溝吉さんはともかく、屈強なサムエルまでも手にかけるとはな。しかも首を切断するなんて」
「ラクショウ……と言いたいトコロだけど、さすがにクセンしたワ。プロジェクションルームでミスター・サムエルと対峙した時、ミーが生存していたことに驚きはしたものの、警戒は解かなかった。そこで本当は使いたくなかったけど、このスタンガンの出番となっタ。首筋に当てて気絶させた後、ミス・ツバキ、ユーのナタでスパッとネ」口元をニヤリと曲げ、キャサリンはナタを振り下ろす仕草をしてみせた。「首を切り落とした意味は……ソウネ、その方がモリアガルと思ったから――あなたならその意味わかるわよね?」キャサリンは意味ありげな視線を明日香に向けた。
 ――如何に殺し屋と言えども、筋肉自慢のサムエル相手に立ち回れたのは、スタンガンのお陰だったのか。それに明日香には意味がわかるとはいったいどういうことなのだろう?
 明日香に質問しようとしたが、キャサリンの話はまだ終わらなかった。
「スタンガンは元々ミーの持っていた暗殺道具ヨ。ちなみにナイフもあるワヨ。スモールタイプだけど、キレアジは抜群ネ」
 東條は頭に手を当ててポンと音を鳴らした。
「そうか! ずっと疑問に思ったんだ。拳銃やスタンガンは、他の武器に比べて余りにも強力すぎる。殺傷能力の低いフライパンや注射器とは雲泥の差だ。いくらランダムに配ったとはいえ、とてもフェアとは言えない」
「だったら本来近藤さんに与えられた武器は何だったの」ツバキは両手を挙げたまま、顔だけを東條に向けた。
「これが何か判るカシラ?」キャサリンは銃を構えながらブラウスの胸ポケットからプラスチックの薄いボックスを取り出した。中央に丸くて赤いボタンが付いている。「ここに説明が記してあるワ。日本語だから、もしミスター・サムエルが選んでいたらどうするつもりだったのかしらネ」
「……それを押したらどうなるんだ。まさか映画館ごと爆発するんじゃないだろうな。……だとすればお前も道連れだぞ!」
「残念ながらそんな三文映画のような、くだらないフィナーレは用意されていないワ」
 キャサリンの眼が鋭く光ると、手にしている拳銃を突き出した。
「さあ、ボタンの効果は後のお楽しみヨ。三人とも控え室に入りなさイ。……この場で死にたくなかったらナ!」

 言われるがまま、東條たちは両手を上げながら控え室に入った。途端にドアが閉じられると、通路からバタンと何かが倒れる音が聞こえた。まさかと思いノブを捻ってドアを押してみるが、何かがつかえたようで開くことができない。おそらく通路にあったポスターパネルを倒し、つっかえ棒の要領でロックを掛けたのだろう。それを見越した上でパネルが配置されていたのかは不明だが、キャサリンはそれを計算して利用したわけである。
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