第96話

文字数 1,895文字

 控え筆に閉じ込められた三人だったが、逆に考えるとキャサリンから逃げ果せたともいえる。彼女が何を考えているのかは不明だが、このまま控え室に立て(こも)るのも悪くないと思えた。
 だが、キャサリンが意味もなく閉じ込めるとも思えない。きっと何か企んでいるに違いないと案じていた矢先、案の定如何にも勝ち誇った英語教師の声がドアの向こうから聞こえてきた。
 『控え室には毒ガスが仕込まれていて、このボタンは毒ガスを発生させるスイッチってわけヨ。一回しか使えないみたいだから、今までツカイドコロを見極めていたケド、おかげで最高のタイミングで使用できるワ。ナニセ三人をいっぺんに始末できるのダカラ。これでミーのヒトリガチ。十二億円は全てイタダキヨ』
 明日香とツバキは恐怖におののき、畳の上で手を取り合いながら縮こまっている。東條がちらりと時計を見ると、時刻は十二時十六分だった。
 ――ゲームはとっくに終わっているはず。なのにギフトマンは何をやっているんだ。話が違うぞ。早くきてくれないと三人ともお陀仏じゃないか。
 東條はドアを叩きながら叫んだ。
「こんなことをして何になる! 十二時はとっくに過ぎているんだ。ギフトマンのメッセージでは“正午の時点”で生き残った者たちに賞金を分配することになっていただろう? こうしている間にもシャッターが開いて、ギフトマンたちが現れるに違いない。……こんなことをしても無駄だ! もうゲームは終わっている!!」
 するとキャサリンの笑い声が聞こえてきた。
 『あら? オメデタイ人ネ。どうしてテレビのコードが切られたのか、まだ気付いてないのカシラ?』
「……どういう意味だ」含みのある言い方に、東條は声を押し殺した。
 『映写室の操作盤でムービーシアター内のすべての時計が調整できるコト知ってる? ミスター・サムエルを始末したとき、一時間進めておいたのヨ。バット、テレビを見られたら時計が操作されていることがバレちゃうデショ? だからコードをカットして映らないようにしたのヨ』
 ――アンテナ線が切断されていたのは、時計が進められていた細工を気づかせないようにするためだったのか!
 東條はスマートフォンを取り出して時間を見るが、バッテリーが切れていて電源が入らない。そこで明日香とツバキに時間を求めたが、ツバキも既にバッテリー切れ。だが、明日香の端末はかろうじてバッテリーが残っていた。
 壁の時計は十二時ニ十分を示しているが、明日香のそれは十一時二十二分である。やはり時計が一時間早く操作さていた。まさか時計の設定が変わっているとは思いもよらず、キャサリンの周到さには舌を巻くばかりだ。
 
「……すべては俺たちを油断させて、賞金を独り占めする気だったんだな!」
 『もちろんそうヨ。十二億円なら大体一千百万ドル。七人をキルした報酬にしては悪くない額ネ。……アラ忘れるところダッタ。受付のレディを入れると八人になるワ』
 無駄だと思いつつ、東條は説得を試みる。
「賞金は全部お前にくれてやる! だから、せめて明日香とツバキだけでも助けてやってくれないか? 俺は死んでもいい。覚悟はとっくに出来ている!」
 その言葉に嘘はない。家族にできなかった役割を、今こそ実践しているに過ぎないのだから――。
 『……泣けるワネ。オナミダチョーダイってところカシラ。ミスター・トージョー、ユーのココロイキは買うけど、その手には乗らないワ。そこがユーたちのハカバになるのヨ!』
 ケタケタと笑い声が上がる。キャサリンは賞金のためというよりも、殺人自体を楽しんでいるようだった。本物の狂人とは彼女のような者を指すのかもしれない。
 それでも東條は説得の手綱を緩めようとはしない。
「止めろ! バカな真似はよせ! 人殺しをしたいのなら俺だけにしろ!!」
 しかし笑い声は止まらない。孤独なヒットマンは勝利を確信して舞い上がっているようだ。
「愛するミス・アスカと一緒だからユーも幸せでしょう? もっとも、シーも裏切り者みたいだけどネ」
「そんなこと、今さら関係ない! たとえ明日香の正体が何者であろうと、俺の心は一つしかない!」本心だった。金庫の鍵を持っていた件といい、明日香は明らかに何か隠している。だが、例え裏切り者だとしても、彼女を信じる気持ちに偽りは無かった。
 『オット、あまり時間をかけて、ユーたちが死ぬ前にタイムリミットを迎えたらモトモコモないわネ』
 するとアメリカン“コロシヤ”によるカウントダウンが始まる。

 『スリー……トゥー……ワン……ファイヤー!!』

 カチリ。

 地獄へのボタンは、ついに押されてしまったようだった……。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み