第19話

文字数 1,454文字

 ガラガラガラガラ……!!!

 突如、後方から落雷のような凄まじい轟音が鳴り響いた。振動が走り、建物が揺れる。地震かと思われたが、音や振動は直ぐに収まり、雨音だけが鼓膜を揺らす。どうやら地震ではないようだ。

 しばらくしてホールの照明がつくと、いつの間にかスクリーンは沈黙していた。
「……なんだか胸騒ぎがする」東條はポツリとつぶやいた。
 これから起こるであろう惨劇に言葉に表せないほどの不安を憶え、顔を見合わせる東條と明日香。
 前方の客席からは、どういうことだと野次が飛んでくる。アタッシュケースの中身が気になったが、取り敢えずそのままにして、明日香の汗まみれになっている手を引き、出口へ向かうために立ちあがった。
 他の者たちも次々と席を離れ、我先へと通路を走る。左後方の席には金髪の白人女性がいて、腰を上げる姿が目に留まった。
 ――彼女もロシア系なのだろうか?
 気になりつつも他の参加者とともにロビーへ向かう。
 最初に遅れてきたであろう咳を連発していた男性は、やはり後方の席に座っていた。ソフト帽を目深にかぶりながら、立ち上がろうともせずに、うつむき加減でじっとまぶたを閉じている。もしかしたら眠っているのかもしれない。こんな状況でよく眠れるものだと、半ば呆れずにはいられないが、今は構っている場合ではない。

 必死の思いでロビーに出ると、そこには絶望が待ちかまえていた。
 東條たちが入館してきたガラスの扉の向こうには、シャッターが冷たく降ろされている。きっとギフトマンの仕業に違いない。さっき鳴り響いた轟音はシャッターの閉まる音だったことが判明しだが、今はただ激しい雨音だけがシャッターに反射して、虚しい悲鳴を上げていた。
 閉じ込められたと瞬時に確信し、背中に冷たい汗が流れた。
 やはりメールの誘いに乗るべきでは無かったとの思いが頭の中を全速力で駆け巡り、鳥肌が立つのを抑えきれなかった。体を張ってでも明日香を止めていればという強い後悔が全身を支配し、さっきまで強気の姿勢を見せていた明日香でさえ、震える手で東條の腕をしっかりと掴んでいる。
 さっきまで前方の席にいたうちの三人の男性が、群がりながらガラス戸を開けてみようと、今にもガラス戸をぶち破らんとする勢いで扉を叩いている。だが、扉はビクともしないようだった。
 仮にガラスが割れたところで、その向こう側にあるシャッターが破れるとも思えない。おそらく出口を塞ぐのがギフトマンの目的なのだろうから。
 彼らは扉を開けることを断念したらしく、失望の声が挙がった。だが、彼らはまだあきらめようとはせず、今度はガラスをバンバン叩き、助けを叫びだした。

 売店の前には少し高齢の小柄な男性と、水色のミニスカートの女性がその様子を眺めていた。男性は右手で顎を撫で、顔をしかめている。女性の方は両手を腰に当てており、ここからだと横顔しか見えないが、美形であるのは間違いない。

 ロビー中央に目を向けると、最前列にいた夫婦らしい二人が、壁際のベンチに腰掛けていた。どちらも初老くらいの年齢に思え、男性は腰をかがめながら苦悶の表情を浮かべ、その妻と見られる女性の方は男の腰をさすっていた。

 東條はスマートフォンを取り出して警察への通報を試みる。だが無情にも圏外が表示されて、通話はもちろんメールすら望なかった。圏外という文字がこれほど残酷に映るとは思いもせず、どこからか妨害電波だという声が上がる。明日香や他の人たちも同様に電波が届いていないらしく、舌打ちが次々に耳へと入ってきた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み