第32話

文字数 1,526文字

 上手側と下手側の調査は明日香とキャサリンに任せ、東條はさっきから気になっていた巨大スピーカーを見上げてみた。劇場用のサラウンドシステムは年々小型化が進んでいるので、これだけの大型サイズは珍しい。おそらく年代物を仕入れたのだろうが、それでもハイスペックであることに変わりはなく、客席のお粗末さからは想像もつかないほどだった。
 周辺の壁や床を調べてみたが、ここにも怪しい箇所はなく、東條は明日香が探索している下手袖の奥に足を向けた。
「どう? 何か見つけた?」
 明日香を見つけるとすぐに声を掛けてみたが、彼女は沈黙したまま顔を振った。そこで二人してキャサリンのいる上手側の様子を伺うことにした。

 上手袖のすぐ裏側には、丁寧に折り畳まれた暗幕が腰ほどの高さまで積んであった。キャサリンは、Wao!と感嘆の声を上げながら、ダブルベッド程の広さがある暗幕の上で転げまわっている。まるで子どものようなはしゃぎっぷりに、東條は呆れるほかない。
 キャサリンは二人に気づくと、「Hey! ミスアスカ。レッツエンジョイしまショ!!」と陽気な声で誘ってきた。両手を小さく振りながら、明日香はやんわりと断った。

 キャサリンを放置したまま、東條と明日香は上手を隅々まで調べてみるが、どこにも仕掛けのようなものはなかった。

 一通り満足したのか、キャサリンは暗幕から降りると、「ゴーネクスト!」とハイテンションで先を促してきた。まるでテーマパークに遊びに来た子供のようで、明日香も呆れてものが言えないといった顔を見せている。

 金づちを振り下ろし続ける大沼に、東條はキャサリンの口調を真似ながら、「ゴートゥベスト(頑張れよ)。でもほどほどにナ」と一声かけて、東條と明日香、それにキャサリンの三人は順にステージを降り、シアターホールを後にした。

 ロビーに戻り、売店を調査することにした。
 ガラスケースの中にうっすらと埃の積もったグッズが雑多に並んでいる。ひと昔前に流行った映画タイトルのロゴの刻まれたステッカーやペンケースなどの小物類、年代物の少し変色した名作映画のパンフレット等、今となっては滅多に手に入らないレアグッズばかりだった。映画マニアを自称する東條としては見逃せない品々だ。もし、不要であれば、引き取らせてくれないだろうかと、ひそかな野望を企てる。
 売店の奥の棚にはお菓子類が並んでいるが、とても口にできそうもない。カウンターにはポップコーンやジュースなどの装置が置かれているが、もはや稼働するかどうかも怪しいものだった。
 壁に貼られている少し傾いた生ビールのポスターを見て、東條は喉を鳴らし、ポケットに忍ばせたウイスキーにこっそりと手を這わせる。先ほどトイレで飲んだばかりだというのに、もうこの調子である。だが、さすがに今はまずいと判断し、自制することにした。
 ここもとくに注目すべき点は無く、調査はすぐに終了した。

 次はいよいよ下手側の通路へ向かう。
 思った通り、上手側の通路と同じく、左右の壁一面に映画のポスターが貼られていた。それに加え、右側の壁沿いには、額に入れられたポスターパネルが直接床の上に置かれ、壁に立てかけるようにして十枚ほど等間隔で並べてある。一般的にADと呼ばれるサイズで、額を入れると一メートル強くらいの高さがあった。
 今度は哀愁に浸ることも無く、通路を淡々と歩いていく。途中で左側の壁がせり出していて、それまでの四分の一ほどの幅になっていた。ちょうどポスターパネルがハマりそうなくらいの狭さだ。

 少し窮屈な通路を進むと、左の壁沿いに扉があった。プレートには『控え室』と書いてある。中から話し声が聞こえるが、それが誰であるかまでは判別できなかった。
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