第85話

文字数 2,100文字

 明日香を布団に寝かせ、東條は押入れを開けて新しい毛布を出すと、以前、毛布が減っていた記憶がよみがえった。
「そういえば、毛布が五枚ほど無くなっていたけど何か知らないか?」東條は毛布を掛けながら問いかけた。
 首元を押さえながら「そうなの? 全然気づかなかったわ」と明日香は答えた。「それっていつの話?」
「昨日、大沼君の死体を倉庫に運び入れた時だ。誰かが勝手に持ち出したんだろうけど、なんとなく気になって」
「そうね。そんなに寒いわけじゃないから、毛布なんて一枚あれば十分だと思うけど……」
 では、誰が何の目的で毛布を運び出したのだろうか。これまでの殺戮に比べれば些末な問題かもしれないが、それでも不安が拭いきれない。

 ふと、明日香はこめかみを押さえながら唇を動かした。「そういえば、まだニュースになってないのかしら?」
 明日香に指摘され、テレビのリモコンに手を伸ばす。
 だが……。
「え? どうして?」
 何回スイッチを押しても電源が入らないのだ。
 ――おかしい。昨日までは何事もなく映っていたのに……。
 原因を探るべく、東條はテレビの背後に回ってみた。すると、電源コードが刃物のようなもので切断されていた。
 明日香を襲った奴の仕業なのだろうか? それとも別人の仕業か。どちらにしてもどうしてコードを切断しなければならなかったのか、東條は理解に苦しんだ。

 仕方がなくテレビは諦め、今度は丸い木の棒を探すと、部屋の隅に立てかけてあるのが視界に入った。明日香によると、昨夜からずっと置いたままで、持ち出すどころか触れてさえいないらしい。手に取って入念に調べてみるが、血痕は何処にも見当たらない。犯人が拭い取ったのかもしれないが、それでも溝吉を襲った凶器はこれでは無いように思えた。

「実は、溝吉さんのことなんだけど……」
 明日香が落ち着いてきたのを見計らい、東條は溝吉の死を告げた。
 明日香はがっくりと肩を落とし、気落ちした様子だった。もはや死亡者の報告は通例になっていたが、それでも心が痛まないわけがない。もちろん東條も同じで、むしろ慣れっこになることが恐ろしかった。

 溝吉の件を頭から振り払い、東條は金庫の前に腰を下ろす。レバーをガチャガチャ動かして、鍵がかかっているのを確認すると、扉の下側に手を這わせた。
「明日香、この金庫は一度開けられている」東條は甲高い声を上げた。
「どうしてそんな事が判るの?」
 東條はしたり顔で振り向いた。「実をいうと、昨日金庫に武器を収納する際に、ある仕掛けを施しておいたんだよ」
「仕掛け?」
 明日香は小首を傾げた。
「ちょっと見てもらえるかな」東條は扉を指しながらいった。
 明日香は布団から這い出して金庫ににじり寄ると、指示された通り扉付近を凝視した。
「……特に変わった様子はないと思うけど」
「金庫を閉じる寸前、扉の間に髪の毛を挟んでおいたんだ。昨夜、解散した時に確認したが、その時はまだ挟まっていた。……だが、今は何も挟まっていないだろ?」
 金庫を食い入るように見つめながら、明日香は確かにと深く頷いた。
「つまり誰かが開けたってこと? でも鍵はトイレに流したはずでしょ?」
「明日香。君を襲った犯人はスタンガンを使ったとみて間違いない」
 はっとした明日香は、顔をしかめながら首の後ろを押さえた。
「そうかもしれない。あの痛みは尋常じゃなかったんですもの」
「それに溝吉さんは警棒で殴り殺されたとみるべきだろう」
「……ということは?」不安げな表情の明日香は、東條の瞳をしっかりと見据えた。
「たぶんスペアキーがあったんだよ。畜生! 金庫になんかしまうんじゃなかった」
 今更悔やんでも取り返しがつかない。東條はやり場のない怒りを感じていた。
「後悔する必要は無いわ。だってあの時は誰だって金庫の鍵は一つしかないと思っていたんですもの」
「一人を除いてね。いや、もしかすると複数いたのかもしれない。金庫のスペアキーが存在していることを知っている人物が」
 明日香は震えながら東條の腕をしっかりと掴む。
「……私、怖いわ。もしそうだとすると、ナイフやナタも既に誰かの手に渡っているかもしれないんでしょう?」
「俺のフライパンや光江さんの金づちもな」東條は付け加えた。「もし君を襲った人物が溝吉殺しと同一犯であった場合、何故、溝吉さんは殺害したのに、君は気絶させるだけで満足したのかな?」
「それは……私も死んだと思ったんじゃないかしら?」
「いや、溝吉さんの場合は血が大量に流れていたから、何度も殴られたのは間違いない。つまり犯人は確実に殺意があった訳だ。なのに、君は気絶させただけでその場を立ち去っている。犯人の意図が判らない。なぜ明日香もひと思いに止めを刺さなかったのか」
「もうやめて!!」
 明日香は突然大声を上げた。その眼は血走っていて、錯乱状態に陥っているように思える。興奮のあまり、つい力説してしまったことを反省した東條は、ごめんと頭を下げた。
「部屋から無くなったものがないか調べてみる」
 すると明日香も手伝うわと手を挙げた。
 ここは俺に任せて休んでいろと促すも、明日香は大丈夫と気丈な態度をみせた。
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