第62話
文字数 1,398文字
東條は重い足取りで再び倉庫へ向かった。万策尽きて、もう一度イチからやり直そうと思ったからだ。もしかしたら先ほど見逃した箇所があるかもと、薄い期待を胸に抱く。
案の定というべきか、倉庫の床には、さっきと同様にシーツの掛けられたふくらみが、きちんと三つ並んでいた。
――三つ?
その瞬間、東條は驚愕した。
大沼の遺体はまだ運び入れていない。
ここにある死体は近藤と来栖沢光江の二体だけのはずだ。どうしてさっき覗いた時に気づかなかったのかと、自分を責めずにはいられなかった。
脈打つ心臓の鼓動が恐ろしいくらい早くなり、すくむ足を無理矢理前へと進める。
一番奥に横たわる第三の膨らみ周辺には血だまりが確認でき、女性と思われる右手の指先が覗いていた。胴体の部分がわずかに茶色く透けている。茶色と言えばキャサリンの着ていたスーツの色であることが頭をよぎる。
ゆっくりと手を伸ばし、指先でシーツを掴むとつばを飲み込み、ゆっくりとそれをめくった。
そこにはうつ伏せに横たわるキャサリンの姿があった。
予想はしていたが、実際に眼にすると全身が硬直し、視界が闇で覆われる。
「東條君、ここはわしに任せなさい」
背後から来栖沢の声が掛かった。
振り向くと、伸ばした警棒を杖代わりにして、深刻な表情を浮かべている。傍らに立つ明日香が腕を取り、腰痛の歯科医者を支えていた。
「飯島さんから話を聞いて胸騒ぎを憶えたから、まさかと思ってやってきた。やはりそういう事だったか」
腰を押さえつつ、来栖沢はゆらゆら近づいてきた。「東條君、あんたは下がっていなさい。ここはわしの出番だ。こうなったら三人も四人も同じだしな」
来栖沢に託すことにして、腰の引けた東條は怯える明日香の手を引き、倉庫の扉付近まで後退した。
そこにはサムエルの姿があった。彼も通訳の安否が気になるのだろう。
アルコールの衝動が抑えきれず、東條はポケットの中のウイスキーをズボンの上からぐっと押さえた。
東條たちは、来栖沢の一挙手一投足を見逃さんとばかりに目を凝らす。キャサリンの様子はこの場所からだと捉えづらいが、それでも神経を集中し、来栖沢の手腕を見守り続ける。
深海のような静寂の中、シーツや体を動かす音だけが静かに響くたびに、サムエルの重い吐息が鼓膜に触れた。
だが、明日香の気配がないことに気づいた東條は、彼女を探すためにその場を離れた。
通路に出ると、階段の下に明日香の姿を捕らえる。彼女は背中を向ける形でスマートフォンに眼を落していた。きっと電波の入り具合を確認しているのだろうが、それにしては奇妙に思えてならない。指を縦に動かしながらまるで何かを読んでいるように映ったからだ。
おそらく昔のメールを読んでいるのだろうと東條は解釈したが、それでもどうしてこんな時にと思わずにはいられない。それが元カレからのメールだったとしたら……などと、つい余計はことを考え、自己嫌悪に陥 った。結局、声を掛けることができず、倉庫に戻った。
サムエルの横から中を覗くと、来栖沢はめくったシーツを元に戻している。どうやら検死は終了した様子だった。
やがて神妙な足取りで戻ってくると、来栖沢は何も告げずに倉庫の扉を閉じる。その手には見覚えのあるアイスピックがあった。先端から根元まで血の色に染まっていて、キャサリンを死に追いやった凶器がそれであることを如実に示していた。
案の定というべきか、倉庫の床には、さっきと同様にシーツの掛けられたふくらみが、きちんと三つ並んでいた。
――三つ?
その瞬間、東條は驚愕した。
大沼の遺体はまだ運び入れていない。
ここにある死体は近藤と来栖沢光江の二体だけのはずだ。どうしてさっき覗いた時に気づかなかったのかと、自分を責めずにはいられなかった。
脈打つ心臓の鼓動が恐ろしいくらい早くなり、すくむ足を無理矢理前へと進める。
一番奥に横たわる第三の膨らみ周辺には血だまりが確認でき、女性と思われる右手の指先が覗いていた。胴体の部分がわずかに茶色く透けている。茶色と言えばキャサリンの着ていたスーツの色であることが頭をよぎる。
ゆっくりと手を伸ばし、指先でシーツを掴むとつばを飲み込み、ゆっくりとそれをめくった。
そこにはうつ伏せに横たわるキャサリンの姿があった。
予想はしていたが、実際に眼にすると全身が硬直し、視界が闇で覆われる。
「東條君、ここはわしに任せなさい」
背後から来栖沢の声が掛かった。
振り向くと、伸ばした警棒を杖代わりにして、深刻な表情を浮かべている。傍らに立つ明日香が腕を取り、腰痛の歯科医者を支えていた。
「飯島さんから話を聞いて胸騒ぎを憶えたから、まさかと思ってやってきた。やはりそういう事だったか」
腰を押さえつつ、来栖沢はゆらゆら近づいてきた。「東條君、あんたは下がっていなさい。ここはわしの出番だ。こうなったら三人も四人も同じだしな」
来栖沢に託すことにして、腰の引けた東條は怯える明日香の手を引き、倉庫の扉付近まで後退した。
そこにはサムエルの姿があった。彼も通訳の安否が気になるのだろう。
アルコールの衝動が抑えきれず、東條はポケットの中のウイスキーをズボンの上からぐっと押さえた。
東條たちは、来栖沢の一挙手一投足を見逃さんとばかりに目を凝らす。キャサリンの様子はこの場所からだと捉えづらいが、それでも神経を集中し、来栖沢の手腕を見守り続ける。
深海のような静寂の中、シーツや体を動かす音だけが静かに響くたびに、サムエルの重い吐息が鼓膜に触れた。
だが、明日香の気配がないことに気づいた東條は、彼女を探すためにその場を離れた。
通路に出ると、階段の下に明日香の姿を捕らえる。彼女は背中を向ける形でスマートフォンに眼を落していた。きっと電波の入り具合を確認しているのだろうが、それにしては奇妙に思えてならない。指を縦に動かしながらまるで何かを読んでいるように映ったからだ。
おそらく昔のメールを読んでいるのだろうと東條は解釈したが、それでもどうしてこんな時にと思わずにはいられない。それが元カレからのメールだったとしたら……などと、つい余計はことを考え、自己嫌悪に
サムエルの横から中を覗くと、来栖沢はめくったシーツを元に戻している。どうやら検死は終了した様子だった。
やがて神妙な足取りで戻ってくると、来栖沢は何も告げずに倉庫の扉を閉じる。その手には見覚えのあるアイスピックがあった。先端から根元まで血の色に染まっていて、キャサリンを死に追いやった凶器がそれであることを如実に示していた。