第91話

文字数 856文字

 ロビーの角を曲がり、東條隆之は倉庫の扉を開く。何度訪れても不快感しか抱かないが、どうしても確かめておきたいことがあった。
 コンクリートの冷たい床に並べられた六つの遺体。その中のひとつに歩み寄る。両手を合わせ、おもむろにシーツをめくった。
「やっぱりな……」
 そう一言だけ呟くと、東條は早々に倉庫を飛び出した。

 控え室の扉を開けると、飯島明日香が膝を抱えながら水槽を見つめていた。彼女の背中は何処か虚ろで悲哀めいた色に染まっている。東條の入室に気づいているはずだが、反応を示そうはしない。
 靴を脱ぎ去り、畳に上がると同時に正座をする。両手をつきながら畳に擦り付けるほど頭を下げ、謝罪の言葉を放つ。
「……さっきはごめん。俺が悪かった。君を疑うなんてどうかしていたんだ。許してくれなくてもいい。せめて俺の話を聞いてくれないか」
 当然断られるだろうと覚悟をしていたが、明日香は意外な反応を見せた。彼女はゆっくり立ち上がると潤んだ瞳を輝かせ、おぼつかない足取りで東條の前に立つ。まるで救いを求める幼子のように映った。
「……私も話したいことがあるわ。今まで隠していたことがあるの」そう言ってひと呼吸おき、「……実は私……」
「あら、お邪魔だったかしら?」明日香を遮るかのごとく突然ドアが開き、ツバキが顔を見せた。「でもここはみんなの共有スペースよね。もっとも今となっては三人だけみたいけどさ。イチャつくのであればどこか他所に行ってちょうだい。ステージの裏がおススメよ」ちらりと東條に視線を合わせ、「ねえ、色男さん」と、含み笑いをみせた。その思わせぶりな態度にムカつく東條だったが、それでも顔をしかめたりはせず、むしろ歓迎の意を示した。
「ちょうど良かった。ツバキさんにも聞いて欲しい話があるんだ」
「話って何かしら。もうすぐ正午でしょう。今更私を口説くつもりなの?」
「そんなことしません! とにかく一緒に来てください」続いて明日香の腕を引いた。「もちろん君もだ」
東條は二人を連れて控え室を出ると、脇目もふらずにロビーへ向かった。
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