第67話
文字数 1,953文字
東條から突き付けられた言葉に四人とも反論することもなく、ただ沈黙が流れた。
もしかするとこの中の誰かが人殺しかもしれない――。そんな思いがそれぞれの胸に込み上げているのを感じずにはいられなかった。しかし、このまま互いに不信感を募らせては、それこそギフトマンの思う壺。
そこで東條はポケットから飲みかけのウイスキーを出した。正直、惜しい気持ちだったが、この場を和ませるには最高のアイテムに思えた。
「良かったらちょっとやりませんか?」
ボトルを前にして、東條以外の四人は目の色が変わり、途端に活気づく。現金なものだと、東條は内心毒づいた。
「おっ、兄ちゃん、気が利くやないかい。まさか毒が入っとるんやないやろな」
溝吉は紅平をチラ見しながら言い放つ。彼に与えられた毒の小瓶を示唆しているのだろう。
苦虫をかみつぶしたかのように顔を歪めると、紅平はウイスキーをひったくり、顔を背けながらそれを傾けた。
「冗談言うもんじゃねえ。お主には一滴たりとも飲ませんわ!」おいおい、それは俺のだぞと東條は呆れたが、苦笑いするだけで口にはしなかった。
「ジョークやがな。有難く頂きまっせ」平謝りの溝吉はウイスキーの瓶をぶんどるように受け取ると、さすがに遠慮がちな仕草で舌を湿らす。
それから五人はウイスキーを回し飲みした。サムエルは上機嫌になり東條に向かって親指を立てる。どうやらグッドの合図はロシアも同じのようであった。ツバキも遠慮がちに受け取ると、ウイスキーを一口飲み、唇をぬぐう。
東條もこれがラストだと思うと感慨深げに喉を潤した。
最後のひと口を溝吉が飲み終えると「うっ! おぬし、計ったな」とわざとらしく倒れる真似をし、四人から失笑をさらった。
その後溝吉、紅平、サムエルの三人はトイレに戻り、大沼和弘の遺体を倉庫へ運び入れる手はずとなった。東條は足裏の痛みが引かないのを理由にツバキと共に控え室へ足を運び、遺体に被せるためのシーツを押し入れから出した。
違和感を憶えたのはその時だった。
毛布の数が明らかに少ない。
最初に調べた際は二十枚だったはずだが、数えてみると七枚しかなかった。昨夜、八枚が使用され、そのまま誰も戻していないのだから少なくとも十二枚は残っているはずだ。
しかし何回数えてもやはり七枚に間違いはなく、いつの間にか五枚も減っていた。
来栖沢とツバキ、それに明日香に訊いてみたが、みな知らないという。誰かがこっそり持ち出したのだろうか?
倉庫に入るとシーツに包まれた三つの膨らみが並んでいた。シアターホール内で背中を拳銃で撃たれた近藤俊則。映写室で胸をナイフで刺された来栖沢光江。そして倉庫にて首をアイスピックで刺されたキャサリン・ラドクリフの遺体である。
東條たちはそれらが視界に入らぬように顔を背けながら、大沼の亡骸をその手前に寝かせ、他と同様にシーツを被せると、静かに手を合わせて黙とうした。
溝吉に「キャサリンの死体は撮影しなくてもいいのかい?」と嫌味たらしく訊いてみたが、彼は「もうそんな気はねえよ。何だかアホらしくなってしもうた。死体なんぞクソくらえや。これ以上、見とうもないわ」と答えた。その目は真剣で、決してふざけているようには取れなかった。彼としても紅平のスマートフォンが使えなくなった以上、ヤケクソになっているのかもしれない。東條としてもその方が良かった。来栖沢ではないが、ネタのために遺体を撮影するのは、死者を冒涜するようで下品だと思えたからだ。
「ミャーゴ」
通路に出た途端、不意にエメラが東條の足元にすり寄って来た。珍しいこともあるものだ。これまでいくら抱こうとしても、一向に興味を示さなかったくせに。
正面には明日香が立っている。話を聞くと、どうやら気分転換にエメラを連れて館内を散歩していたらしい。
サムエルはエメラを抱き上げると、喜びの声を上げながら笑みを浮かべて頬ずりを始める。その声はまさに猫なで声だ。紅平も頬を弛ませて目尻を下げている。
東條の眼には、エメラに向けられた二人の視線に言い知れない不穏な空気を感じ取った。それはこの殺伐とした状況のもたらす幻覚なのだと、戒めるように自分の頭を強く叩いた。
パタン!
通路に立てかけられているポスターパネルが倒れた。サムエルが足を引っ掛けたのだ。通路に隙間なくピタリとはまってしまい、動かすのに一苦労する。
持ち上げてみると、それは往年のモノクロ映画『アパートの鍵、貸します』のポスターだった。この作品は鑑賞したことがないが、内容だけは知っていた。主人公である冴えない男が片思いの女性を振り向かせるために奮闘するという物語だ。恋愛ものは好みではなく、いつか観ようと候補には上げていたものの、つい他の映画に手が伸びていた。
もしかするとこの中の誰かが人殺しかもしれない――。そんな思いがそれぞれの胸に込み上げているのを感じずにはいられなかった。しかし、このまま互いに不信感を募らせては、それこそギフトマンの思う壺。
そこで東條はポケットから飲みかけのウイスキーを出した。正直、惜しい気持ちだったが、この場を和ませるには最高のアイテムに思えた。
「良かったらちょっとやりませんか?」
ボトルを前にして、東條以外の四人は目の色が変わり、途端に活気づく。現金なものだと、東條は内心毒づいた。
「おっ、兄ちゃん、気が利くやないかい。まさか毒が入っとるんやないやろな」
溝吉は紅平をチラ見しながら言い放つ。彼に与えられた毒の小瓶を示唆しているのだろう。
苦虫をかみつぶしたかのように顔を歪めると、紅平はウイスキーをひったくり、顔を背けながらそれを傾けた。
「冗談言うもんじゃねえ。お主には一滴たりとも飲ませんわ!」おいおい、それは俺のだぞと東條は呆れたが、苦笑いするだけで口にはしなかった。
「ジョークやがな。有難く頂きまっせ」平謝りの溝吉はウイスキーの瓶をぶんどるように受け取ると、さすがに遠慮がちな仕草で舌を湿らす。
それから五人はウイスキーを回し飲みした。サムエルは上機嫌になり東條に向かって親指を立てる。どうやらグッドの合図はロシアも同じのようであった。ツバキも遠慮がちに受け取ると、ウイスキーを一口飲み、唇をぬぐう。
東條もこれがラストだと思うと感慨深げに喉を潤した。
最後のひと口を溝吉が飲み終えると「うっ! おぬし、計ったな」とわざとらしく倒れる真似をし、四人から失笑をさらった。
その後溝吉、紅平、サムエルの三人はトイレに戻り、大沼和弘の遺体を倉庫へ運び入れる手はずとなった。東條は足裏の痛みが引かないのを理由にツバキと共に控え室へ足を運び、遺体に被せるためのシーツを押し入れから出した。
違和感を憶えたのはその時だった。
毛布の数が明らかに少ない。
最初に調べた際は二十枚だったはずだが、数えてみると七枚しかなかった。昨夜、八枚が使用され、そのまま誰も戻していないのだから少なくとも十二枚は残っているはずだ。
しかし何回数えてもやはり七枚に間違いはなく、いつの間にか五枚も減っていた。
来栖沢とツバキ、それに明日香に訊いてみたが、みな知らないという。誰かがこっそり持ち出したのだろうか?
倉庫に入るとシーツに包まれた三つの膨らみが並んでいた。シアターホール内で背中を拳銃で撃たれた近藤俊則。映写室で胸をナイフで刺された来栖沢光江。そして倉庫にて首をアイスピックで刺されたキャサリン・ラドクリフの遺体である。
東條たちはそれらが視界に入らぬように顔を背けながら、大沼の亡骸をその手前に寝かせ、他と同様にシーツを被せると、静かに手を合わせて黙とうした。
溝吉に「キャサリンの死体は撮影しなくてもいいのかい?」と嫌味たらしく訊いてみたが、彼は「もうそんな気はねえよ。何だかアホらしくなってしもうた。死体なんぞクソくらえや。これ以上、見とうもないわ」と答えた。その目は真剣で、決してふざけているようには取れなかった。彼としても紅平のスマートフォンが使えなくなった以上、ヤケクソになっているのかもしれない。東條としてもその方が良かった。来栖沢ではないが、ネタのために遺体を撮影するのは、死者を冒涜するようで下品だと思えたからだ。
「ミャーゴ」
通路に出た途端、不意にエメラが東條の足元にすり寄って来た。珍しいこともあるものだ。これまでいくら抱こうとしても、一向に興味を示さなかったくせに。
正面には明日香が立っている。話を聞くと、どうやら気分転換にエメラを連れて館内を散歩していたらしい。
サムエルはエメラを抱き上げると、喜びの声を上げながら笑みを浮かべて頬ずりを始める。その声はまさに猫なで声だ。紅平も頬を弛ませて目尻を下げている。
東條の眼には、エメラに向けられた二人の視線に言い知れない不穏な空気を感じ取った。それはこの殺伐とした状況のもたらす幻覚なのだと、戒めるように自分の頭を強く叩いた。
パタン!
通路に立てかけられているポスターパネルが倒れた。サムエルが足を引っ掛けたのだ。通路に隙間なくピタリとはまってしまい、動かすのに一苦労する。
持ち上げてみると、それは往年のモノクロ映画『アパートの鍵、貸します』のポスターだった。この作品は鑑賞したことがないが、内容だけは知っていた。主人公である冴えない男が片思いの女性を振り向かせるために奮闘するという物語だ。恋愛ものは好みではなく、いつか観ようと候補には上げていたものの、つい他の映画に手が伸びていた。