今生の別れの挨拶
文字数 1,684文字
塔の壁を登り切ったジュリアーノは
開口一番、ロザーナに詫びる。
ジュリアーノがそう言い終えない内に、
我慢し切れなくなったロザーナは
愛しい人の胸の中に飛び込んでいた。
ジュリアーノもまた
これまでの思いの丈を発散させるかのように
彼女を強く優しく抱きしめる。
その両腕に包まれ、胸に顔を埋め
頬ずりを繰り返すロザーナ。
ジュリアーノは抱きしめながら、
ロザーナの頭を何度も撫で続ける。
ひとしきり再会の抱擁を堪能した後、
吐息が互いの顔にかかるほど
おでこがくっつくぐらいまでに
密着したまま見つめ合う二人。
竜人族の名門ドラグーア家、
鬼族の頂に君臨するオガーナ家、
両家は遥か昔、何千年も前からいがみ合い、
敵対心を剥き出しに、衝突して来た仇敵。
時には抗争を起こし、真向勝負の全面戦争、
時には政略で蹴落とし合い、互いの足を引っ張る、
そんなことを何千年にも渡り繰り返して来た
まさしく因縁の宿敵。
さらに今度は勇者軍と魔王軍に分かれて
相見えることになったのだ。
ロザーナの大きくつぶらな瞳からは
涙が溢れ出している。
見栄もプライドも恥じることもなく、
ロザーナは心の赴くまま、ありのままに
愛しい君に懇願する。
目を閉じ深くため息をついて、
いささか冷静さを取り戻すロザーナ。
夜空に浮かび上がる壮大な満月を背に
互いを求め合い、深く強く抱きしめあう
ロザーナとジュリアーノ。
その腕の中にある
ぬくもりと感覚を確かめ合うように。
叶うことなら二度と手離したくはない、
だがそれは決して許されぬこと。
夜空を浮かぶ雲が風に流され動きはじめて、
地上に微かな光を届けていた満月を
覆い隠して行く。
それはまるでわずかな明かりすら漏らさず、
愛し合う二人の姿が誰にも気づかれぬよう
すべてを闇に呑み込んでしまうかのようでもある。
そして、これから真の悲劇がはじまる二人の
闇に遮られた行く末を
暗示しているかのようでもあった。