今生の別れの挨拶

文字数 1,684文字

このような夜更けに押し掛け、

姫の部屋に窓から侵入するなど

この破廉恥な私めを

どうか、お許しください…… 姫

塔の壁を登り切ったジュリアーノは

開口一番、ロザーナに詫びる。

ジュリアーノがそう言い終えない内に、

我慢し切れなくなったロザーナは

愛しい人の胸の中に飛び込んでいた。

ジュリアーノ様っ!
姫っ……

ジュリアーノもまた

これまでの思いの丈を発散させるかのように

彼女を強く優しく抱きしめる。

あぁ、ジュリアーノ様、

そのようなもったいなきお言葉


ロザーナは大変嬉しゅうございます…… 

まさに天にも昇るような気分とはこのこと

その両腕に包まれ、胸に顔を埋め

頬ずりを繰り返すロザーナ。


ジュリアーノは抱きしめながら、

ロザーナの頭を何度も撫で続ける。

ひとしきり再会の抱擁を堪能した後、

吐息が互いの顔にかかるほど

おでこがくっつくぐらいまでに

密着したまま見つめ合う二人。

もう二度と姫とお会いすることは叶わぬかもしれぬ…… 


そう思うといてもたってもいられなくなり…… 

もう一度だけ、一目だけでいいから、

姫のお姿をこの目に焼きつけたい


そう思ってついここまで来てしまったのです

ジュリアーノは悲壮な覚悟を告げる。

ロザーナ姫、

これが今生の別れとなるやもしれませぬ

あぁ、ジュリアーノ様、

どうか、どうか


そのようなことを

おっしゃらないでください……

いいえ、

いよいよ魔王軍と勇者軍の

雌雄を決する戦いがはじまります

我がオガーナ家は、魔王の軍勢として

この戦いに臨むことになるでしょう

私とていつ戦場で命を落とすやもしれませぬ
いやっ! 
そのようなこと、おっしゃらないで

この先、

勇者軍に属するドラグーア家とは

単なる仇敵というだけではなく、

名実ともに敵同士……

こうして姫とお会いすることも

もう出来なくなるでしょう……

竜人族の名門ドラグーア家、

鬼族の頂に君臨するオガーナ家、

両家は遥か昔、何千年も前からいがみ合い、

敵対心を剥き出しに、衝突して来た仇敵。

時には抗争を起こし、真向勝負の全面戦争、

時には政略で蹴落とし合い、互いの足を引っ張る、

そんなことを何千年にも渡り繰り返して来た

まさしく因縁の宿敵。

さらに今度は勇者軍と魔王軍に分かれて

相見あいまみえることになったのだ。

いやですっ!

ロザーナの大きくつぶらな瞳からは

涙が溢れ出している。

あぁ、ジュリアーノ様……

どうかこのまま、このまま二人で

どこかへ逃げてしまいましょう?

そうだ…… 戦いのない世界で、

二人きりでひっそり暮らしましょう?

見栄もプライドも恥じることもなく、

ロザーナは心の赴くまま、ありのままに

愛しい君に懇願する。

姫……それが出来たら

どんなによかったことでしょう……

既に私は魔王軍と盟約の身

今ここで魔王軍を裏切って

逃走などを試みようものなら

我がオガーナ家は

裏切り者を出した一族として汚名を着せられ


魔王によって一族郎党みな殺しにされてしまうでしょう

いくら我が愛しの、

最愛の姫の願いとは言え


一族の者達、

みなの命にはかえられません

目を閉じ深くため息をついて、

いささか冷静さを取り戻すロザーナ。

……ごめんなさい

ジュリアーノ様を

困らせるつもりではなかったのです

ですが、

あまりにも無体なこの運命の仕打ちが

恨めしく、忌々しく、

どうにもやり切れないのです

姫、どうか

そのような暗い顔をせずに……

姫の美しい笑顔を私に見せてください

……ジュリアーノ様、

それでは私からもひとつだけお願いがございます

どうか、どうか今宵だけでも

私のことをロザーナとお呼びください

ロザーナ……
ジュリアーノ様……

夜空に浮かび上がる壮大な満月を背に

互いを求め合い、深く強く抱きしめあう

ロザーナとジュリアーノ。

その腕の中にある

ぬくもりと感覚を確かめ合うように。

叶うことなら二度と手離したくはない、

だがそれは決して許されぬこと。

夜空を浮かぶ雲が風に流され動きはじめて、

地上に微かな光を届けていた満月を

覆い隠して行く。

それはまるでわずかな明かりすら漏らさず、

愛し合う二人の姿が誰にも気づかれぬよう

すべてを闇に呑み込んでしまうかのようでもある。

そして、これから真の悲劇がはじまる二人の

闇に遮られた行く末を

暗示しているかのようでもあった。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色