ビッチであり、聖母であり

文字数 2,638文字

水平線の彼方に朝焼けが見える。
……

それまでの静かな夜の輝きから、

徐々に空が白んで明るくなりはじめ、

(にぎ)やかな(まばゆ)い輝きへと変わって行く瞬間。

闇の眷属でありながら愛倫(アイリン)

この朝日が昇る瞬間を美しいと思う。

感覚が人間に似て来ているのか、

相変わらず陽光は苦手ではあったが

それでも嫌いという訳ではなくなっている。


人間達が日の光を求める

そんな気持ちも理解出来なくはない。

――サムエラが言っていた

地球が丸いと意識した際の影響が

あたしにも出はじめているのかもしれないね

そんな風にすら愛倫(アイリン)は思う。

船団が漁村に着くと、

村でじっと我慢して待っていたおばあちゃん達が

人魚の娘達と抱き合って泣いていた。

よかった、みんな無事で
おばあちゃん
心配かけてごめんね
……

その光景についもらい泣きしそうになる、

そんな人間味溢れる自分も

愛倫(アイリン)は嫌いではない。

再会の喜びが一段落すると、

今度はおばあちゃん達が

一生懸命用意していたご飯が振る舞われた。

そう言えば、

何も食べていなかったですね

慎之介からおにぎりと豚汁を手渡される愛倫(アイリン)

――あたしは慎さんから、既に

ご馳走をいただいてるんだけどね


漁港はいろんな種族の者達でごった返し、

ちょっとしたカオス状態になっていた。

いや、ここの魚、

マジ美味いすっね

自分鳥類系入っているんで、

魚大好物っす

捜索から救出まで協力してくれた有翼人達。

たまには忍びも

忍ばなくてもいいでござるよ

禅問答のようなことを言いながら

配下の忍軍を(ねぎら)うニンジャマスター。


今回百名以上の忍者が参加していたことを

慎之介は今はじめて知った。

あっしも一時はどうなることかと思いましたよ

シャドウに関しては、

普段ご飯をどうやって食べているのか?

という疑問からはじまる。

やっぱ(あね)さん、最高っすわ

悪魔の大群を一人で倒しちまうなんて

女のあたしでも鼻血出ますわ
カッコ良過ぎですわ

まぁ、今回は黒ギャル派も

少しぐらい役に立っていたと

認めてあげてもいいですよ

リリアンや黒ギャル派をはじめとする

サキュバスの仲間達も元気そうで何よりだ。

本当にありがとうございました
みなさんのお陰です

村の年寄り達は魚人族と一緒に、

助けてくれた者達一人一人の手を握り、頭を下げて

お礼を言って回っている。

そんな光景を見ながら愛倫(アイリン)

おにぎりを一口頬張る。

美味しいね、慎さん
ええ、本当に


はぁ……

むしろ慎之介にとっては、それからが本当の仕事で、

仮眠を取ることすらなく

忙しく、身を粉にして働き続けた。

……
……

被害に遭った者達に事情聴取を行い、

捕らわれていた人魚以外の他種族、

彼女らの身元確認等を

増援に来た移民局の仲間に引き継ぎ、


海に沈んだゲートと船の調査を

魚人族に依頼するなどなど、


事件に関しては処理しなくてはならない

事務仕事が山のようにあった。

明日もまた一日

事件の報告に追われることになるだろう。

悪魔達の動きについては、

今後もシャドウが継続して調査すると

上層部からも連絡があった。

夜、『スナック竜宮城』に顔を出しに立ち寄る慎之介。
乾杯っ!
ありがとう
爺ちゃん、

何回、乾杯すれば気が済むんだい

店内では人魚の娘達が

無事に救出された祝杯を挙げており、

村の年寄りと魚人族の他にも

朝からずっとまだ呑んだくれている

有翼人やサキュバス達の姿があった。

自分達、ここに引っ越して来てもいいすか?
マジ、最高じゃないすか、ここ
よっしゃっ、

どんどん来い、みんな来い

慎之介はずっと待っていた愛倫(アイリン)

二人で酒を酌み交わす。

……あの時、悪魔も言っていましたが


この世界の人間は

愛倫(アイリン)さんに、あなたに、

守ってもらう資格が、あるんでしょうか

あの船内に居る人達を見て

そんな資格はないんじゃないか


正直自分も

ずっとそう思っていたんですよ

どうしたんだい? 慎さん

もう酔ったのかい?

まぁ、あんな連中は何処に行ったって

それなりに居るもんだよ

それにね、あっちの世界で延々と続く

力による戦いを止めようとしてたことに比べりゃ


こっちの世界で

犯罪を止めようとすることの方が

はるかに楽ってもんだよ

――昨晩をはるかに超える戦い

愛倫(アイリン)が今まで

どれぐらい過酷で熾烈な世界で戦い続けていたのか、

慎之介には到底想像もつかない。

それにですね、

自分もただの弱い人間ですから……

いつか失敗をして、

過ちを犯してしまうんじゃあないか


あなたの期待を

裏切ってしまうんじゃあないかと


自分で自分がコワイんですよ……

不安を感じたりもするんです……


自分はただの弱い人間ですから……

完璧な人間などが居る訳もなく、

人間は誰しもが弱さも脆さも持ち合わせている。


そういう部分を悪魔に狙われたら

自分も過ちを犯してしまうのではないかと

慎之介は恐れているのだ。

慎さん……慎さんがどんなに失敗しようが、過ちを犯そうが


あたしは慎さんのことを嫌いになったりしないよ


むしろ失敗ぐらいなら

どんどんすればいいんだよ

あたしが慎さんを好きなところはね

そんなところじゃあないんだよ

どんな状況であっても、空気であっても、

穏やかで優しくて、

その場のみなが思わずほっこりしてしまう、

そんな不思議な力を持つ慎之介が

愛倫(アイリン)は好きで好きでたまらない。

その力とは、もちろん

物理的な力の強さや術や能力、スキルなどではなく、

簡単に言えば人間的魅力とか人柄、

人望ということなのだろう。

愛倫(アイリン)にとっては慎之介こそが

この世界に見出した人間の可能性の光、

それを体現化した象徴的な人間の男。

人間の弱さや欠点、(ごう)や原罪、そんなものですら

愛倫(アイリン)にとってはすべてが愛おしい。


こうやって、慎之介が悩んでいる姿でさえも、

千年を生きて来た愛倫(アイリン)からすれば、可愛くて仕方ない。

慎さん、大丈夫かい?

酔って潰れてしまった慎之介に肩を貸して

ホテルまで連れて帰る愛倫(アイリン)

余程疲れていたのだろう、

慎之介はベッドでぐぅぐぅと

いびきをかいて寝入ってしまっている。

zzz

まるで新婚夫婦の新妻であるかのように

愛倫(アイリン)は慎之介の服を脱がし、

ついでにパンツも脱がしてしまう。

zzz

そしてまた自分も全裸になって

慎之介の腕の中に潜り込む。

……

疲れ果てて寝切っている顔を

しばし眺めている愛倫(アイリン)

その穏やかで優しい微笑はまるで

無垢な顔で眠っているまだ幼い赤子を

愛おしく見守る母のようでもある。

そして愛倫(アイリン)は慎之介の唇に

いたずらっぽくキスをした。

おやすみなさい、慎さん
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