力ずくな傾国の美女

文字数 2,230文字

行方不明になった人魚達の捜索活動は

今なお続けられており、

夜間も交替で魚人族達は仲間を探している。

……
……

浜辺で薪を燃やし、

束の間の休息を取っている魚人族の者達。

みなさん、お疲れ様です
そこに様子を見に訪れた慎之介。

今回の事件、これって

愛倫(アイリン)さん、やばいんじゃないですかね?

魚人族の一人が突然そんなことを言い出す。
え、どういうことですか?

やばいにももちろんいろいろな意味がある、

慎之介は思わず聞き返した。

確かに、既に切れかかってるみてえだし


もし人魚の娘達に

万一のことでもあったら


アイリンねえさん

完全にブチ切れるだろうな

影の中からひょっこり姿を見せたシャドウが

頷きながら同意する。

あれは、ちょっとした

伝説みたいなもんですからね

えっ? えっ?

自分にも教えてもらえませんか?

何がやばいのか気になって仕方ない慎之介


シャドウ達は異世界では有名な

アイリンの逸話を語り始める。

それは五百年以上も昔のことで、

ここにいる魚人族の者達も当時はまだ誕生しておらず、


逸話として語り継がれているのを聞いただけだと言う。

当時異世界の一大陸を支配していた王国があり、

そっちこっちで自ら戦を仕掛けては連戦連勝、

敗れた国を次々と植民地支配していた。

敗れた国では常時奴隷狩りが行われ、

その国の民、特に女や子供は

奴隷として強制的に連行されて

王国民達の間で人身売買されることになる。

……
……

その国の王が異世界を統一する覇者となると


人間だけでは飽き足らず、

さらには獣人やエルフ、魔族など

ありとあらゆる種族が奴隷にされる始末。

……
……

寝る間なく働かされ、食料も碌に与えられない、

女は性の奴隷にされ、病気になれば即殺される、

実験動物なような扱いも受ける使い捨ての命。

あまりの酷さに激昂しブチ切れたアイリンは、

国王に向かって高らかと啖呵を切った。

そんなに強いことが偉いのなら


このあたしが

あんた達全員を力でねじ伏せて


あたしの奴隷にしてやろうじゃないかっ!!

ハッハッハッ
たかが、サキュバス風情が

何を言うか

国王は声を出して笑ったが、

その次の瞬間、両の腕がなくなっていた。

どこから出したのかは分からない二刀の剣を両手に持ち

返り血を浴びて立つアイリン。

あんた、強さだけで国王まで登り詰めた

覇王のようだけど、残念だったね

もうあんたは戦士としては奴隷以下のゴミクズだよ

人間の肉体は脆いもんだからね

一度壊れちまったらもう元には戻せないんだよ

あんた、いろんなところで恨みを買っているようだし


(なぶ)り殺しにされないといいんだけどね

貴様っ!

王になんということを!

引っ捕えろっ!

それから次々と

その国の兵達を相手に暴れ回り、


数日後には王国の兵力を全て壊滅させる。

宣言通りにアイリンは、その国の王と権力者、

すべての兵を奴隷にしたのだった。

隆盛栄華を極めた王国も

憤ったサキュバスにより亡国に追い込まれる。

それがアイリンにまつわる異世界での逸話。

ああ、それ、俺も小さい頃に

おばあちゃんから話し聞きましたよ

こっちで言うとことの

昔話とか、そんな感じですかね

魚人族の者達は、その話を懐かしがっていたが、

慎之介は一人できょとんとしていた。

……

アイリンの逸話はそれだけに留まらず

まだまだ沢山あるらしい。

――そんな歴史上の英雄みたいな扱いを受けている人が


自分の知るあの愛倫(アイリン)さんなのだろうか

確かに愛倫(アイリン)の二刀の剣は、

慎之介も見たことがある。

その苛烈(かれつ)さは今も時々

片鱗(へんりん)を見せることもある。

そして人間とは桁違いに強いことも知っている。

だが一人で国を滅ぼすレベルに強いのだろうか。

愛倫(アイリン)さんて、

今もそんなに強いんでしょうか?

(かたわ)らに居たシャドウに

慎之介は尋ねにはいられない。

さぁ、どうなんだろうな

全盛期の百パーセントは

一人で一国の兵力を

壊滅させちまうぐらいだったらしいからな

それに比べりゃ今は

十パーセントも出てないんじゃねえかな

……
困惑している慎之介に説明するシャドウ。

にいさん、

アイリンねえさんは

別に千年生きてるからレジェンドって呼ばれてる訳じゃなくて


レジェンド級の逸話が沢山あるから

レジェンドなんだぜ

だから、にいさんがあんな風に

アイリンねえさんをあしらうの見てて


すげえなって、みんな内心そう思ってるのよ

愛倫(アイリン)の過去に

ショックを受けた訳ではないが、

何かモヤモヤして複雑な気分の慎之介。

一人になって改めて

モヤモヤする気持ちの原因はなんなのかを考えてみる。

――これまで

身近に感じていた愛倫(アイリン)さんが

とっても遠い存在に思えたからだろうか

それとも自分が勝手に

イメージしていた愛倫(アイリン)さんが、

実はそのイメージと違っていたから


一人で勝手に落胆しているのだろうか

自分が知らない愛倫(アイリン)さんを

みんなが知っているからだろうか

自分にも自分の気持ちが分からない
そして自分は

彼女ことをまだ全く知らない


――異世界の者達の間で愛倫(アイリン)さんは

まるで生きる伝説のような扱いを受けている

こちらの感覚で、五百年近く前の

伝説的な女傑と言えば……


ジャンヌ・ダルクなんかになるのか

そんな歴史上の英雄クラスと

イチャイチャしていると、

自分は思われている訳だ

――まぁ、そりゃあ、

やべえ奴だってなるよな

今まで、過去のことなんて

全く意識していなかった筈なんだが


さっきの話を聞いてから

何だか妙に気になってしまう

自分は、もう今まで通りに

愛倫(アイリン)さんに接することが

出来なくなるんじゃあないのか……

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