夫婦喧嘩はサキュバスでも食えない

文字数 2,210文字

地下にある喫茶『カミスギ』

ここで自称ウェイトレスとして働いている

レジェンド級サキュバスの愛倫(アイリン)

最近、彼氏が出来て

一緒に暮らしてるんですよ

もう毎日ラブラブで
サキュバスの妹分であるリリアンの

そんなノロケ話にすっかりうんざりしていた。

まったく……

慎さんが来てくれて、

あたしに愛を囁いてくれたりしないもんかねぇ……

愛倫(アイリン)がそんな寂しいことを言っていると、

ちょうど移民局の守屋(もりや)慎之介(しんのすけ)が喫茶店を訪ねて来る。

こんにちは

慎さん!

ちょうど今、

慎さんが来てくれやしないかなんて

思ってたとこだよ

さすが慎さん、

以心伝心ってやつかね、これは

浮かれて出迎える愛倫(アイリン)だが、

慎之助の後から女がついて入って来る。

あたしという者がありながら、

ひどいじゃあないかっ

わざとそんな焼きもちのひとつも

妬いてみせようとする愛倫(アイリン)だったが、


よく見ると、慎之助の連れが

同じサキュバス移民団の仲間だと気づく。

……
彼女の名前はミルリン。

愛倫(アイリン)達と共に

人間世界に移民して来たサキュバスは

数百人を下らないが、


その中でも一、二を争う

生粋のゆるふわ天然系サキュバス。


それ故にやらかしも後を絶たない。

(ほが)らかなのは性格だけではなく、

二つの胸のふくらみもかなり朗らかで

たゆんたゆん、ばいんばいんだと

移民者の間でも(もっぱ)らの噂だ。

あっ……

愛倫(アイリン)はミルリンだと気づくと

瞬時にいろいろと察する。

あまりにわかり過ぎて仕方がないので、

とりあえず先に謝っておく。

すまないねぇ、

うちの()が迷惑かけちまって……

はは……
苦笑いを浮かべ、頭を掻く慎之介。
えぇぇっ! なんでわかったんですかぁぁ?

びっくりして不思議がっているミルルン。

あぁ、やっぱりなのか

その様子を見て、

愛倫(アイリン)は天を仰ぎ顔を手で覆う。

ことの次第はこういうことらしい。

数百人以上のサキュバス移民者は

日本全国に散っており、


人間達に迷惑を掛けないように

各々が生活している訳なのだが。

その晩ミルリンは溢れる正義感で

《実はお腹が空いていただけ》、


性犯罪をやらかしそうな男がいないか

蝙蝠の姿で夜空を飛び回っていた。

すると何やらヤバそうな匂いが

東南の方角からして来て、

ミルリンはその匂いの元へと急行する。

そこは住宅街にあるマンション五階の一室。

……

ミルリンはこっそりベランダに忍び込んで、

カーテンの隙間から部屋の中を覗き込む。

……

すると旦那だと思われる男が、

大声で怒鳴りながら、

妻だと思われる女を殴る瞬間が見えた。

きゃぁっ

思わず小さく声を上げてしまったミルリンだが、

部屋の中の人間達は修羅場で

それに気づくどころではなかったらしい。

……

女は泣きながら何かを訴えるが、

男はますます逆上し、エスカレートして

女に殴る蹴るの暴行を加える。

……

ミルリンはその光景を見て

いたたまれなくなり、なんとか女を

助けてあげられないものかと思い出す。


窓のドアに手をやると

偶然にも鍵は掛かっていない。

ど、どうしたらいいのかしら……

どうしようかと迷っていると、

室内の男が興奮し過ぎたのか、


今まで殴っていた女に

性的暴行まで加えはじめようとする。

フゥゥゥ
あぁっ……
『今がチャンス!』

その状況で真剣にそう思ったミルリンは

それだけで相当残念な子であるのだが、


さらにDV男を止めるべく

ベランダの窓を開け部屋の中へと入って行く。

うふふ

女に向けられた性欲を自分に向けさせ

その隙に女に逃げてもらおうと思ったミルリン、


サキュバスの魅了、誘惑を最大限に活かし

DV男をあっという間にメロメロにさせる。

デヘヘ
さぁ、今の内に逃げて

その間に逃げてもらおうと

思っていたはずなのだが、


予想外なことにミルリンは女から罵声を浴びた。

なんだいっ! この女はっ!?
ミルリンはその意外な行動にきょとんとする。
えぇぇっ、 なんでかなぁぁっ?
女はさらに罵声を浴びせる。
このっ、泥棒猫めっ!
泥棒猫についつい反応してしまう。

えぇぇっ、

私、ケット・シー《猫》なんかじゃないよぉぉぉ?

猫じゃなくてぇ、

どちらかと言うと蝙蝠かなぁぁ

そう言って蝙蝠の姿になってみせるミルリン。
ほらぁっ
ここでめでたく通報される。
ここまででいくつ法に触れているでしょうか?

慎之介がまるでクイズでも出すかの口調で

愛倫(アイリン)に尋ねる。

あーあーあー

愛倫(アイリン)は耳を塞いで

聴こえないフリをしている。

男女感のいざこざは民事なのでともかく
慎之介の言葉に息を呑む愛倫(アイリン)
そ、そ、そうなのかい?

愛倫(アイリン)(ねえ)さん、

ミルリンの馬鹿さ加減に震える。

覗きと不法侵入、

この二つは間違いありませんね

覗きと不法侵入、

それだけ聞くとただの変態のようだが、

あながち間違っていないのでしょうがない。

とりあえず今回は警察で事情聴取を受け、

移民局の慎之介が身元引受人となり、

その足でこの店に来たということだった。

こちらの世界では、

夫婦喧嘩は犬も食わないと

昔から言うらしいですからね

どんな世でも不可思議なのは男女の仲。

端からどんな風に思われようとも、

当人同士にしかわからないということはよくある。

そしてこのミルリンの事件、

あっという間に他のサキュバス達にも広まり、

やっだぁ、何それえ
超ウケるんですけどぉ

みんな面白がって

まるで笑い話や小話のように伝承するので、


移民サキュバスの間では

後世まで語り継がれていくことになる。

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