夫婦喧嘩はサキュバスでも食えない
文字数 2,210文字
地下にある喫茶『カミスギ』
ここで自称ウェイトレスとして働いている
レジェンド級サキュバスの
そんなノロケ話にすっかりうんざりしていた。
ちょうど移民局の
浮かれて出迎える
慎之助の後から女がついて入って来る。
わざとそんな焼きもちのひとつも
妬いてみせようとする
よく見ると、慎之助の連れが
同じサキュバス移民団の仲間だと気づく。
人間世界に移民して来たサキュバスは
数百人を下らないが、
その中でも一、二を争う
生粋のゆるふわ天然系サキュバス。
それ故にやらかしも後を絶たない。
二つの胸のふくらみもかなり朗らかで
たゆんたゆん、ばいんばいんだと
移民者の間でも
瞬時にいろいろと察する。
あまりにわかり過ぎて仕方がないので、
とりあえず先に謝っておく。
びっくりして不思議がっているミルルン。
その様子を見て、
数百人以上のサキュバス移民者は
日本全国に散っており、
人間達に迷惑を掛けないように
各々が生活している訳なのだが。
その晩ミルリンは溢れる正義感で
《実はお腹が空いていただけ》、
性犯罪をやらかしそうな男がいないか
蝙蝠の姿で夜空を飛び回っていた。
すると何やらヤバそうな匂いが
東南の方角からして来て、
ミルリンはその匂いの元へと急行する。
そこは住宅街にあるマンション五階の一室。
ミルリンはこっそりベランダに忍び込んで、
カーテンの隙間から部屋の中を覗き込む。
すると旦那だと思われる男が、
大声で怒鳴りながら、
妻だと思われる女を殴る瞬間が見えた。
思わず小さく声を上げてしまったミルリンだが、
部屋の中の人間達は修羅場で
それに気づくどころではなかったらしい。
女は泣きながら何かを訴えるが、
男はますます逆上し、エスカレートして
女に殴る蹴るの暴行を加える。
ミルリンはその光景を見て
いたたまれなくなり、なんとか女を
助けてあげられないものかと思い出す。
窓のドアに手をやると
偶然にも鍵は掛かっていない。
どうしようかと迷っていると、
室内の男が興奮し過ぎたのか、
今まで殴っていた女に
性的暴行まで加えはじめようとする。
その状況で真剣にそう思ったミルリンは
それだけで相当残念な子であるのだが、
さらにDV男を止めるべく
ベランダの窓を開け部屋の中へと入って行く。
女に向けられた性欲を自分に向けさせ
その隙に女に逃げてもらおうと思ったミルリン、
サキュバスの魅了、誘惑を最大限に活かし
DV男をあっという間にメロメロにさせる。
その間に逃げてもらおうと
思っていたはずなのだが、
予想外なことにミルリンは女から罵声を浴びた。
慎之介がまるでクイズでも出すかの口調で
聴こえないフリをしている。
ミルリンの馬鹿さ加減に震える。
覗きと不法侵入、
それだけ聞くとただの変態のようだが、
あながち間違っていないのでしょうがない。
とりあえず今回は警察で事情聴取を受け、
移民局の慎之介が身元引受人となり、
その足でこの店に来たということだった。
どんな世でも不可思議なのは男女の仲。
端からどんな風に思われようとも、
当人同士にしかわからないということはよくある。
そしてこのミルリンの事件、
あっという間に他のサキュバス達にも広まり、
みんな面白がって
まるで笑い話や小話のように伝承するので、
移民サキュバスの間では
後世まで語り継がれていくことになる。