この世界に愛を告げるサキュバス

文字数 1,722文字

……

案の定、次の日、慎之介は

愛倫(アイリン)の目を見ることが出来なかった。

彼女がそばに近寄って来ても、

それとなく移動して距離をあけてしまう。

そもそも恋愛経験の一つもない慎之介が

この複雑な感情に対処するのは

無理というものなのかもしれない。

その日は必要以上に愛倫(アイリン)

言葉を交わすこともなく

どこかギクシャクしたままで終わってしまった。

その夜、浜辺に打ち上がった流木に腰掛け

一人で夜空の星を見上げる慎之介。

……

いつの間に近づいて来たのか、

そんな慎之介の横にそっと座る愛倫(アイリン)

慎さん、なんだか今日は

あたしのことを避けてなかったかい?

そしてこの人はこういう

他者のちょっとした機微にもよく気づく。

いや、たまたま昨晩、

異世界での愛倫(アイリン)さんの逸話を伺いまして……

今まで自分は結構失礼だったんじゃないか


もっとリスペクトをもって接した方がいいのかな……


などと思いまして

なんだい、そんなことかい
穏やかな笑みを浮かべる愛倫(アイリン)

過去のあたしのことなんか

気にしなくていいんだよ、慎さんは

むしろ今のあたしだけを見て


あたしが何者なのか、

どんな女なのか、知って欲しいんだよ、

慎さんには

変な話、なんだか妙に

意識してしまいまして……

今まで通りに接してくれた方が

あたしは嬉しいし、幸せなんだよ

この間、サムエラも

似たようなこと言っていたけど


こっちの世界の人間、

特に慎さんはね


のんびりしていて穏やかで温かくて

とても不思議なんだよ

慎さん達と居ると


トゲトゲしさが取れて

丸くなって行くのが


自分でも分かるんだ

そういのを平和ボケと言う人間もいるようだけどね

でもその方がいいじゃあないか


あたしが怒りを感じたり、

戦わなくて済む世界なら


それに越したことはないんだからさ

愛倫(アイリン)は少し無邪気に笑ってみせる。


そこにはとても千年も生きているとは思えない

まるで無垢な少女のような面影が再び見える。

……

もし本当に愛倫(アイリン)が戦わなくてもいい、

そんな時が来たのなら、

この人はずっとこんな笑顔を見せてくるのだろうか。

こちらの人間からしたら

千年も生きていたなんて聞けば


さぞや立派な大賢者みたいなのを

思い浮かべるんだろうけどね……

千年も生きていたと言っても


ずっと同じところを何度も

行ったり来たりの繰り返しでね

だから中身は慎さんと

そんなに変わるってもんでもないんだよ

夜空の星を見上げる愛倫(アイリン)


その光は彼女が生きて来た

千年をも遥かに越える数億年前の星の輝き。

そうさね…… 

あたしもあの世界も…… 

何も変わらなかったね

あの世界は何千年も力が支配する世界で

結局それが変わることはなかった

……

時折、愛倫(アイリン)が見せる孤独と哀愁


それは千年もの間、

愛倫(アイリン)が独りで世界と戦って来たからではないのか、

なんとなく慎之介はそんな気がした。

だからあたしは

こっちの世界はすごいと思うんだよ

こっちの世界だって

闘争の歴史は変わらないんだろうけど

力で支配するんじゃあなくて


金で支配してみたり、

経済で支配してみたり


文化や技術やスポーツなんてもので

競い合ってみたり

……

金権主義というのはとかく批判もされがちだが、

殴り合って、殺し合って、命を奪い合う、

そんな力が支配する仕組みよりはよっぽどマシ、

そういう発想もあるのかと慎之介は思う。

そりゃ今でも

争っている地域はあるんだろうけどさ


改善しようと努力はしているし


ほんの少しずつでも

変わっているじゃあないか

……

ここの人類ですら

繰り返される闘争の歴史に

嫌気がさしているというのに、


異世界から来た異邦人には

少しでも前に進んでいるように見えるのだろうか。


比較対象が異世界ならば、こちらの世界も

少しはマシに見えるものなのか。

だからあたしはすぐに

こっちの世界が気に入っちまってね

まぁ、こっちの世界に

あたしの願いを、希望を

見出しているのかもしれないけどね

人間には愛する価値があると――

あたしは信じているんだよ

元々サキュバスは人間を愛する種族だと

思っていたしね、あたしは

……

慎之介は思う


これはもう自分と愛倫(アイリン)がどうこうと言うより、


こちらの世界の人間という種族が

異世界のサキュバスという種族から

熱烈に愛の告白をされているようなものではないかと。

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