一人の被害者と大勢の屍人(しびと)

文字数 1,515文字

妹の復讐を果たそうとしている男の前に、

突如、姿を現した愛倫(アイリン)

あんた、バイクから

何か聞こえたりしないかい?

あんた、どうしてそれを!?
まさか、あんたにも聞こえるのか?
聞こえてるんだね?
あぁ、走っていると

バイクから変な異音が聞こえて来る

まぁ、こっちの人間じゃあ、

それが限界なのかもしれないねえ


分からないのも無理はないのかね

まぁ、でも、あんたは

ちゃんと聞いておいた方がいいよ

これはあんたへのメッセージなんだから

おいっ、一体どういうことだっ?

あたしにはハッキリと

女の声に聞こえてるんだけどね

女!?

まあ、仕方ないね

特別サービスだよ


見せてあげようじゃないか

彼女もそれを望んでいるしね……
愛倫(アイリン)はそう言って、

男が乗るバイクに手をかざす。

兄さん……
すると、男の目にもはっきり分かるぐらいに

視覚化された霊体が浮かび上がる。


それは男の双子の妹、ハンナの姿。

そ、そんな……

ハ、ハンナッ!

兄さん、もうやめて……
復讐なんてことは、もうやめて……
そんなこと、出来るものかっ!
あたしはもういいの……
もう死んでしまったのだから……

兄さんだけでも、幸せに生きて

あんな奴ら、

絶対に許せるものかっ!

お願い……

もうやめて……

ハンナの霊体は、幻のように儚く、

今すぐにでもかき消えてしまいそうだ。

この娘の霊も、

これ以上はこの世にとどまることが出来ないようだよ


これが限界みたいだね

ハ、ハンナ!
兄さん……

さよなら……

男の目の前から、露と消えていく妹の姿。

あんたのことを心配した妹さんの霊が、

成仏出来ずに


このバイクに取り憑いてたんだよ

おそらく、ずっと

あんたの復讐をやめさせようとしていたんだろうね

……ハンナ
あんたどうするんだい?
これでもまだ復讐を続ける気なのかい?
……

なぁ、サキュバスのねえさんよ


俺は思うんだよ……

人が一人殺されるってのは


大勢の人間を屍人(しびと)にしちまうんだってな

殺された人間はもちろんだけどな


殺された人間の家族もさ、

死んぬんだよ、心が

本当なら、殺した人間、加害者も

社会的に死ぬし、心も死ぬ筈なんだ


まともな人間ならな

もっと言えば、

加害者の家族だって、社会的に死ぬし


罪の意識があれば

心が死んじまう筈なんだよ

だけどよ……


あいつらは、

まるで何事もなかったみたいに、

今も普通に生きて、暮らしてるんだよ

ハンナの命を奪ったことを

なんとも思っちゃいねえ


普通に面白おかしく生きてんだよ

そんなの、

許せる訳がねえじゃねえかよ
それは、殺された妹さんの仇討ちなのかい?


それとも、死んじまった自分の心の

復讐なのかい?

両方だよ……


俺たちは双子で、

あいつは俺の半身だった

だから、あいつが殺された時、

俺も一緒に死んじまったんだよ

あたしはねえ


別にあんたを止めようと思ってる訳じゃあないんだよ

こう見えても、

あたしだって闇の眷属だからね

人間には、どうしても止められない

怒りや憎しみがあるってのは

よく分かってるんだよ

……
ただね……

あんた、それで

本当に後悔しないのかい?

あぁ、心配してもらったのにすまないが

俺は誓ったんだ


必ず復讐する、

ハンナの仇を討つってな

そうかい……


じゃあ、もうこれ以上、

あたしも何も言わないよ

……
ヘルメットを被り、

再びバイクに跨る男。

あぁ、そうだ……

サキュバスのねえさん、

ありがとうよ

ハンナとは……

別れを惜しむことも無く


突然、俺の前から居なくなって、

殺されちまったからな

こんな風にハンナと

別れの挨拶が出来るなんて


思ってもなかったよ

もう一度だけでも、

ハンナに会えてよかった……

きっと、あいつは、ハンナは、

天国に逝くんだろうが

人を殺しちまった俺は、

天国には逝けそうにもないからな

正真正銘、さっきのが

最後の別れだ

……礼を言うよ
あぁ、そりゃ

よかったじゃあないかい

……
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