久しぶりに絶望した少年

文字数 1,233文字

やぁ、少年、久しぶりだね
あぁ……

悪魔じゃあないか……

元気だったのかい?
あぁ、久しぶりに

懐かしい絶望の匂いがしたから、

少年に会いに来たよ

よしておくれよ、少年だなんて
もうただのおっさん、

いや爺さんだよ、僕は

頭も絶望的に禿げちまってるしね
はは、その絶望が喰らえるといいんだけどね
悪魔はまったく変わらないねぇ……
昔のまんまだ……
まぁ、ほら

僕の寿命は千年単位だから

こういうことはよくあることだよ……


しかし、あれ以来、

君がまったく絶望してくれないから

こんなに随分と

ご無沙汰になってしまったじゃあないか

あれからしばらくして僕は

妻となる女性と出会ってね……

それなりに幸せな日々を過ごしていたんだよ
で、どうしたんだい?
そんな君が

こんなに久しぶりに絶望するだなんて

三十年以上連れ添った

その妻に先立たれてしまってね……

明日から一体どうやって生きていけばいいのか……


絶望していたところなんだ

今まで家のことは何から何まで

妻に任せっきりだったからね


本当に途方に暮れているんだよ

じゃあ、早速、僕が……

いや、ちょっと待ってくれないか……
こうして久しぶりに

悪魔と再会出来たんだから

僕の絶望を、心ゆくまで悪魔に

ご馳走してあげたいところなんだけどね
今しばらく、待ってはもらえないだろうか?
こんなに早々と

妻を失った悲しみを忘れてしまっては

なんだか、妻に申し訳ない気がしてね

ほら、君も知っての通り

僕は隠キャだからね

これまで妻には

散々苦労をかけた……

お互い辛いことも沢山あった……
それでも、君は絶望しなかったんだね
あぁ、そうだね……

妻がいつも傍に居てくれる

ただそれだけのことだったのに、

不思議と絶望はしなかったね

……
だからこそ、そんなに軽々と

妻の死を乗り越えてしまっては


彼女に申し訳ないように思うんだ

もっと時間を掛けて、

ゆっくり悲しみを癒やしていかないと


彼女に失礼なような気がするんだよ

その昔、絶望に苦しんでいた君が
絶望を噛み締めるようになるだなんて
……
今の君は絶望ですら


自分の中にある感情として、

自分の心の一部として


きちんと向き合うことが出来ている

人間の視点からすれば、

それは喜ばしいことなんだろうね

それこそ、人間の成長というものだろう
……まぁ、でも、僕からすれば

なんとももったいない話だよ

精神が熟成された人間の絶望は

この上なく美味だからね

すまないね、悪魔
君には大きな恩があるというのに……
まぁ、でも、いいよ
僕と少年の仲だからね
でも、その代わり……
君が死ぬ間際には

うんと絶望しておくれよ

その絶望を喰らいに

また僕はやって来るからさ

ついでにそのまま

看取ってあげるよ

あぁ、是非、そうしておくれよ
こちらからお願いしたいぐらいだよ
約束するよ、

絶対、必ず、絶望するから

妻に先立たれて、

子供も巣立った今


僕は独りで逝くものだと思っていたんだ

悪魔が看取ってくれるなら、

こんなに嬉しいことはない

約束だよ?


今際の際に、僕は絶対絶望するから

僕の絶望を喰らいに来ておくれよ?

大丈夫……
心配しなくていいよ……
悪魔は、契約は必ず守るからね
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