魚人族の移民先

文字数 1,880文字

いやぁ、

バカンスってのはいいもんだねぇ

上機嫌の愛倫(アイリン)の横で、

慎之介は困り果てている。

いえ、これ仕事ですから

ローカル線のボックス席に並んで座っている二人、

少し開いてある車窓から初夏の風が入り込んで来る。

こちらの人間と異世界から来た魚人族が共生する漁村、

そこを視察に行くことになった慎之介に

愛倫(アイリン)は無理矢理ついて来たのだった。

まぁまぁ、そんな固い事言わずに


夏の太陽の下、恋を楽しもうじゃないか

これが二泊三日のお泊り付ということもあって、

愛倫(アイリン)のテンションも非常に高い。

というか、日射し苦手でしたよね?

何を言ってるんだい、慎さん

あたしは日射しを克服したんだよ

まぁ、戦闘能力が落ちちまうけど


バカンスに来てんのに、

戦闘なんかしてられないしねえ

だから、仕事ですってば

日射しを克服したと本人は言っているが、

全身の皮膚の表面にシールドを展開して

完全に日光を遮断しているだけなので、

克服しているとは言い難い。

漁村ってぐらいなんだから、

海とか砂浜とかあるんだろ?

あたしの水着姿が見られるなんて

慎さんも嬉しいだろうに


慎之介さん、

どうもご無沙汰してます

電車から車を乗り継いで漁村に到着すると、

村の長であり、元締めでもある

魚住(うおずみ)さんが出迎えてくれた。

魚住さんはどこからどう見ても

その辺りにいる普通の気のいいおじさんだったが、


目と目の間が左右に離れたヒラメ顔で、

遠い昔に異世界からこの世界に移住して来た

魚人族の末裔だと自ら語った。

遠い昔にこちらからあちらに移住した者も居れば、

向こうからこちらに移住して来て

土着の民となった者達も居たということか。


慎之介は既にこの地を何度も訪れており、

魚住さんとは既にそこそこの信頼関係を構築している。

かってはこの地域も、

漁業が栄えて、人々で賑わっていて、活気もあったんですけどね

村の若い奴らはみんな

都会に出て行ってしまいまして……


残ったのは高齢者ばかり、

今ではすっかり過疎の村になってしまいました……

異世界からの移民問題が浮上した際に

日本政府は社会的実験の意味も含めて、

相当数の魚人族達をこの地域に移民させることにした。

地元民とほぼ同数の移民者が入って来るとなれば、


通常であればそれは侵略ではないのかと

大騒ぎになるものだが、


そこを上手く調整したのが魚住さんでもあった。


この付近には魚住さんと同じく

異世界の魚人族を先祖に持つ者達が

多数居たというのも大きかったのだろう。

……
……

魚人族と言っても外見は様々で、

人間がイメージする

半魚人や人魚そのままの者達もいれば、

人間に背ビレや尾ビレ、エラが

付いただけのような者もいる。

……
……

種類もタコ、イカ、サメ、エイなど

魚類には含まれない、

むしろ水棲生物人族の名称が相応しいような者も多い。

……
……


いやぁ、

みんなよく働いてくれてるよ


異世界から来て

環境もまったく違うだろうに


みんな、偉いよね

村の老人達に話を聞いて回ると、

魚人族はすこぶる評判が良い。

この前、嵐で船が転覆しちまってさ、

あいつらに助けて貰ったんだよ


こんな老いぼれ助けるためにさ、

わざわざ危険を犯してまでさ

素潜りであいつらに叶うわけねえがらな


あいつらいくらでも潜ってられるってんだから


海女(あま)にでもなったらいいんじゃねえかって、

おら人魚の(こお)に言ってやったんだぁ、ははは

人魚ちゃんとか華やかだしね


なんだか昔の活気が戻ったみたいで、

あたし達も嬉しいわよそりゃ


本当に来てくれてよかったわ、有難いわ

すごい褒められてるじゃあないか

漁港で働いている魚人族にも話を聞いてみる。

ここで爺ちゃん達と一緒に

漁するのは楽しいですよ


こっちの世界の船とか道具とか、

漁の仕方とかも勉強になりますし

船舶免許取りたいって言ったら、

爺ちゃん達がいろいろ教えてくれて

俺こっちで金貯めて

船買うのが目標なんですよ

おばあちゃん達が作ってくれるお料理、

美味しくって最高です!


お料理を教えてもらったりもしてるんですよ

魚人族達も、表面上は

今の暮らしに不満はないように見えますね

そして異世界から来た彼等は

同行している愛倫(アイリン)の姿を見て、

口を揃えたかのようにこういうのだった。

アイリンさんて、

実在の人物だったんですね

お伽話の中の人物かと思ってました

彼等は愛倫(アイリン)がこちらで

和名を名乗っていることを知らない。


当然それを名付けたのが慎之介であることも。

――へぇ、すごいものだ


やはり有名人なんだな

愛倫(アイリン)さんは……

千年を生きるレジェンド級サキュバスだけあって

さすがに愛倫(アイリン)は有名なのだと、

この時慎之介はその程度にしか思っていなかった。

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