魚人族の移民先
文字数 1,880文字
上機嫌の
慎之介は困り果てている。
ローカル線のボックス席に並んで座っている二人、
少し開いてある車窓から初夏の風が入り込んで来る。
こちらの人間と異世界から来た魚人族が共生する漁村、
そこを視察に行くことになった慎之介に
これが二泊三日のお泊り付ということもあって、
日射しを克服したと本人は言っているが、
全身の皮膚の表面にシールドを展開して
完全に日光を遮断しているだけなので、
克服しているとは言い難い。
電車から車を乗り継いで漁村に到着すると、
村の長であり、元締めでもある
魚住さんはどこからどう見ても
その辺りにいる普通の気のいいおじさんだったが、
目と目の間が左右に離れたヒラメ顔で、
遠い昔に異世界からこの世界に移住して来た
魚人族の末裔だと自ら語った。
遠い昔にこちらからあちらに移住した者も居れば、
向こうからこちらに移住して来て
土着の民となった者達も居たということか。
慎之介は既にこの地を何度も訪れており、
魚住さんとは既にそこそこの信頼関係を構築している。
異世界からの移民問題が浮上した際に
日本政府は社会的実験の意味も含めて、
相当数の魚人族達をこの地域に移民させることにした。
地元民とほぼ同数の移民者が入って来るとなれば、
通常であればそれは侵略ではないのかと
大騒ぎになるものだが、
そこを上手く調整したのが魚住さんでもあった。
この付近には魚住さんと同じく
異世界の魚人族を先祖に持つ者達が
多数居たというのも大きかったのだろう。
魚人族と言っても外見は様々で、
人間がイメージする
半魚人や人魚そのままの者達もいれば、
人間に背ビレや尾ビレ、エラが
付いただけのような者もいる。
種類もタコ、イカ、サメ、エイなど
魚類には含まれない、
むしろ水棲生物人族の名称が相応しいような者も多い。
村の老人達に話を聞いて回ると、
魚人族はすこぶる評判が良い。
漁港で働いている魚人族にも話を聞いてみる。
そして異世界から来た彼等は
同行している
口を揃えたかのようにこういうのだった。
彼等は
和名を名乗っていることを知らない。
当然それを名付けたのが慎之介であることも。
千年を生きるレジェンド級サキュバスだけあって
さすがに
この時慎之介はその程度にしか思っていなかった。