買う側の罪、悪魔のマーケティング

文字数 1,994文字

……

かって力が支配する世界を止めようと

千年もの間独りで戦い続けていたアイリンだったが、


彼女の願いは叶うことなく、

世界が変わることもなかった。

そして今、こちらの世界で、

人間の可能性に光を、希望を見出している愛倫(アイリン)

――これまで何故、愛倫(アイリン)さんが自分達に

これ程までに献身的に協力をしてくれていたのか


この世界に

無償の愛を注いでくれていたのか


その理由が少し分かったような気がした

しかし、こちらの人間は


彼女の期待に

応えられないのではないか?


彼女の期待を

裏切ることになるのではないか?

同時に慎之介は、そんな不安と恐れを

心の何処かで感じてもいる。

――こちらの世界の人類は

彼女に愛される資格があるのか


彼女が、その身を傷つけてまで守る価値はあるのか

今目の前に差し迫る問題、

それはこちらの人間にも罪があるのだ。


――そもそも売買という行為は

買う側が居てこそ成り立つもの……

下衆(げす)な例えにはなるが


児童買春などは

圧倒的に買う大人の方が罪が重い

未成年者は

判断能力が備わっていない場合もあるし


騙されたり、流されたり、

雰囲気に呑まれるということもあるだろう


分別ある筈の大人が悪い、

加害者であるというのも道理だ……

それと同じぐらいに

今回の事件は人間の闇が深い

大金を払ってでも、

人魚の娘達を奴隷にしたいと思っている人間が


もしくは人魚の肉を食べて

不老不死になれるか試してみたい


そう思っている人間がこの世界には

少なからずいるということだからだ

能天気なポジティブ馬鹿と言われる慎之介ですら、

その事実を前には人間に嫌気が差す、

いやポジティブ馬鹿だからこそであろうか。



……

悪魔の動機というのは、

一体何なんでしょうか?

悪魔は

人間の負の感情を食らって生きている、

それは分かります……

人魚の姿が消えてしまったことで

この村の人達がすっかり落ち込んで

悲しみに暮れてしまっている


その様を悪魔が喜んでいる、

これはまだ理解が出来るんですが……

それが目的であるのなら、

人魚を攫った時点で既に達成されている筈

そこから先、

悪魔が人魚を人間に売ると仮定した場合


それが何を意味しているのかが

どうにも解せなくて……

悪魔もお金が欲しい、

営利目的というのなら


単純明快で分かり易いのですが……

人間に人魚を売ったところで、

買った下衆な人間が喜ぶだけで


悪魔にはメリットがないように思えるんです

悪魔を出来るだけ詳細に知る必要がある、

そう考えた慎之介は

会議の後で愛倫(アイリン)に尋ねた。

そうだね……

負の感情を引き起こしそうな

行動を取って


負の感情を連鎖、蔓延(まんえん)させて


悪魔がやりやすい環境を醸造するというのはあるだろうね

現にあたし達をはじめ、多くの者達が

今回の件で負の感情を抱えちまっている

不況はムードからはじまる、

そう言っていた政治家が居たが、

そういうムードと言うものは思いの外

人間のメンタルに影響を及ぼすものなのだろう。

最初は人間達の欲望を叶えてやって


最後の最後に

その人間を絶望させるというのも


悪魔からすれば常套手段かね

売った人間の弱みを掴む、洗脳する


こちらの世界で暗躍するためのルート、コネクションづくり、


そんなところなのかねえ

悪魔が取るであろう次の行動、

そのヒントを得るためには

悪魔の行動原理、思考パターンを知る必要がある。


慎之介の質問は続いた。



今回の事件が人身売買であるのならば、

買う側の人間もまた許せないという慎之介の考えは

そのまま捜査方法へと繋がって行った。

魚人族が人魚達を捜索し、

愛倫(アイリン)とサキュバスの仲間達、

そしてシャドウが悪魔の足取りを追う中


慎之介は悪魔が人魚を売るために

接触しそうな人間を特定することにする。

――不謹慎過ぎて

決して口には出せないが


悪魔をサービス提供する企業のようなものと仮定して


人魚を商品とした場合


悪魔が想定する購入者、ユーザーとは

一体どんな人間になるのか

いわゆるマーケティング手法のペルソナというやつだ

悪魔が営利目的ではなかったとしても


不老不死と言えば

人間の欲望の最高峰に位置する


そんな超お宝を安売りするとは思えない

自分達の商品をブランド化して


それを購入するユーザーには

優越感を与える手法もあるかもしれない

そもそも悪魔も

こちらで事業継続するには


こちらでの活動資金が必要ということもあり得る

悪魔がこちらに進出するにあたって


繋がっておきたいと思うような

人物像とは、一体どんな人間なのか

マーケティング手法に近い理論で

慎之介は思考を巡らせる。

そうやって突き詰めて考えて行くと


やはり想定顧客は

金、地位名誉、権力を持つ者達となるだろう

さらに言えば、


そうした富裕層に

悪魔の営業マンが面識も無しに


いきなり

自社の商品を買ってくださいと

飛び込み営業して


相手にしてもらえるだろうか

普通のビジネスであれば

誰かの紹介は必須


であればこちらの人間が誰か

仲介役をやっているのか?


マフィア組織、シンジゲートの介在もあり得るのか?

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色