情報屋 The・シャドウ

文字数 2,176文字

二日目は魚住さんと

事務方の仕事をこなす予定になっていた慎之介。

さすがに愛倫(アイリン)も邪魔する訳にはいかないので、

一人で村を散策する事にする。

田舎道をただブラブラと歩いてみるが、

人通りもなく車もたまにしか通らない、

確かに過疎なのは間違いない。

とは言えこちらの都会に人が多過ぎるだけで

異世界ではこれぐらいが普通だったようにも思う。

――自然環境と言うことであれば


やはり生まれ故郷の世界の方が

遥かに美しかったのは間違いない

ここは文明の発達と共に、多少なりとも

自然環境を犠牲にした世界なのだから


それは仕方がないのだろうけど

あっちの海とは比べ物にならないぐらいに汚れた海だろうに


文句を言うこともせず

こちらの生活に満足している


そんな魚人族にはちょっとした尊敬すら覚えるよ

もともと魚人族は


(おか)の連中に比べれば

穏やかな者が多かったから


こんな奇跡のようなことが

起こったのかもしれないね

そんなことを考えながら

ぼうっとしばし海を眺める愛倫(アイリン)

誰かいるね?  出て来なよ

いつからか気配を感じていた愛倫(アイリン)

殺気や邪念などは一切感じないので

おそらく敵ではないだろうとは思っていた。

これは失礼しやした

アイリンねえさんの姿をお見かけしたので、

ご挨拶しておこうかと思った次第で

……

日が当たる防波堤の影から

人型の影が現れるが、

すぐ(そば)に本体と思われる者の姿はない。

なんだい、シャドウかい

その影がより黒の濃さを増して

次第に鮮明になって行く。

……

まるで影絵のような真っ黒な人型、

左目だけが輪郭を白く(ふち)取られているが、

それ以外はすべてがただ黒いだけ。

そして厚みを持たず、

まるでニ次元の生命体であるかのように

地面に貼り付いている


それがThe・シャドウ。


Theを付けるのが面倒なので

みなはシャドウと呼んでいる。

影の中に生き、影から影へと移動を行い、

夜は闇の中で活動する、


その特性を活かして異世界では

情報収集のプロ、情報屋を生業(なりわい)としていた。

あんたもここに住んでいるって言うのかい?

魚人族と違って、

シャドウはこの地への適性が高い訳ではない。


彼の場合は都会の中でこそ

その特性を活かすことが出来るだろう。


まぁシャドウがこれからは普通に平穏に

暮らして生きたいと思っているなら、また話は別だが。

依頼者との

守秘義務ってのがありますんで、

詳細を明かすことは出来ませんが

アイリンねえさんではありますし……

シャドウはそう前置きした上で、

答えられる範囲のことを話す。

とある筋から依頼がありましてね、

それを追って調査をしてたんですが

それ絡みでたまたまこの地へ来てみたら

本当に偶然アイリンねえさんを

見掛けたという訳でして

へぇ、そうなのかい


日本は広いってのに

そんな偶然もあるもんかね

少し気になったが、守秘義務と言われてしまえば、

さすがにそれ以上詮索する訳にはいかない。

まぁ、

ここに何かがあるかもしれませんし、

何もないかもしれません


それぐらいに

まだ目的には遠い状態でして

そうかい、あたしは

あんたがまっとうな仕事をしてくれてるのなら、それでいいのさ

あんたの情報収集能力はとかく

闇稼業の奴等に利用されがちだからね

安心しておくんなせえ、ねえさん


そりゃもう

真っ当な筋からの仕事ですんで

これ以上はねえってぐらいの……

おっと、いけねえ……

それじゃあ、ねえさん、

あっしは先を急ぎますんで、これで

ついつい愛倫(アイリン)につられて

余計な事を言いそうになったシャドウは

慌ててその場を去って行く。

これ以上ないぐらいの

真っ当な仕事ねえ……

防波堤の影の中に再び消えたシャドウ、

その気配はどんどん遠のいて行く。

本当かい!?

一緒にバカンスしてくれるのかい?

今回特に問題らしい問題もなく、

予想以上に早く仕事が片付いたので

午後は愛倫(アイリン)と過ごすことにする慎之介。

――普段いろいろとお世話になっていることだし


お礼の意味も込めて

ここで少しぐらい

ねぎらってあげたとしても


さすがにバチは当たらないだろう

まるで幼い子供が

父親に遊んでもらえることになって

喜んでいるかのように、無邪気にはしゃぐ愛倫(アイリン)

――普段のクールな面影は全く無くて、

まるで無垢な幼い少女のように見える

今だけ見れば千年を生きて来た

レジェンド級のサキュバスだとは

到底思えないな

恋する女はいくつになっても好きな男の前では

可愛らしい女の子の側面があるということを


恋愛経験ゼロの慎之介が知る筈も無かった。

海水浴にダイビング、釣りに海水温泉やらと

残りの時間を二人で楽しく過ごした愛倫(アイリン)と慎之介。

二泊三日の視察が終わった帰り道でも

愛倫(アイリン)はまだ少しテンションが高い。

慎さん、すごく楽しかったね

また二人で一緒に旅行しよう、ね

キラキラとした笑顔で

嬉しそうにそう言う愛倫(アイリン)を見て、

ついつい可愛いと思ってしまう慎之介。

今回はあくまで視察、ですからね

――こんなに喜んでくれるのなら

一緒に来てよかったのかな

今回の視察で、慎之介は愛倫(アイリン)のことを

今まで以上により身近な存在として

感じられるようになっていた。


二人の距離が近付いたように感じていた。


だか愛倫(アイリン)のヴァケーションもここまでで、

数日後には再び女戦士の顔に

戻らなければならなかった。

……

この漁村に居た人魚の娘達七名が

忽然と姿を消して行方不明になったのだ。

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