竜人族の姫と、鬼族の子

文字数 2,253文字

竜人族の姫・ロザーナと鬼族の子・ジュリアーノ、

二人がはじめて出会ったのは、まだ幼い頃だった……。

グヘヘヘ
あぁ……
こりゃ、すげえ

大当たりだったな

こいつは間違いなく

高値で奴隷商に売れそうだな

遠出の帰り、運が悪いことに、

ロザーナが乗っていた馬車は野盗達に襲われた。


突然の襲撃に、

従者やお付きの者達はなす術もなく殺されて、

ロザーナも人身売買目的で捕えられてしまう。

まぁ、せっかくだから


売っちまう前に

味見でもさせてもらうか

なんだよ、お前

竜人族でもイケんのかよ?

しかもクソロリコンじゃねえか


ヤベェやつだな、お前も

まぁまぁ、

英雄色を好むと言うじゃあねえか

グヘヘヘ

な、なんと下品な……

これから

下品な醜態を晒すのは、

お嬢ちゃんのほうなんだよなぁ、これが

グヘヘヘ

ぶ、無礼者っ!
い、いやあっ!
グハッ
……
間一髪のところで、ローザナを助けたのは

頭に二本の角を生やした鬼族の子供。

クソッ、なんだ

このガキは

どこから出て来やがった
鬼の子は、ロザーナに襲い掛かろうとしていた

野盗の一人を手にする刀で切って捨てると、

すぐに野盗の仲間達に立ち向かって行く。

……な、なんで
ロザーナには、その鬼の子が

ドラグーア家の仇敵である

オガーナ家の者だとすぐに分かった。


この世界で、風変わりな

東洋風の着物を着た鬼族といえば、

オガーナ家の一族しかいない。

……
だが、いくら鬼族とはいえ、まだ子供、

野盗の多勢に、苦戦を強いられる。


傷だらけになって、頭から血を流し、

それでもロザーナを守るように戦う鬼族の子。

な、なぜ、

私を助けるのです?

そこまでして……
私はあなた達オガーナ家の敵、

ドラグーア家の者なのですよ?

ロザーナはこの絶対絶命の窮地にあってまだ、

一族同士の対立を捨てきれず、囚われていた。

私を攫って、

ドラグーア家を脅す気なのですか?

ドラグーアの家を牽制する為に、

私を利用する気ですか?

まだ幼いロザーナが、この窮地にあってなお、

そう勘繰るほどに両家の確執は根深い。

……
だが、鬼族の子は、

振り返ってロザーナに言った。

美しい姫君を助けるのに

理由などいるものか?

ロザーナの胸に衝撃が走る。

それは恋に落ちた瞬間だったのかもしれない。

自らもボロボロになりながらも

なんとか野盗達を撃退した鬼族の子、ジュリアーノ。

大丈夫ですか? 姫君
……
これはいけない、

脚を怪我されているではないですか

自らが血だらけであるにも関わらず、

ジュリアーノは着物の袖を割いて、

ロザーナの怪我をしている脚に巻いた。

馬車は完全に

壊されてしまっていますね……

もうしばらくすれば、

日が沈み、ここも暗くなります

この辺り、夜はますます危険ですから

とりあえずここを移動しましょう
……この脚では

足手まといになってしまいます

……私のことは、

ここに置いて行ってください

それでは、姫を助けた意味がありません
私がおぶって差し上げますから、

一緒に行きましょう

え?
ここからであれば、

竜人族の村もそう遠くはありません

でも……
もちろん、姫が

仇敵である鬼族の子に

触れられるのが嫌でなければですが

あ、いえ……
さすがにロザーナでも、ここで素直にならないと、

とんでもなく嫌な女になってしまうことぐらいは分かっていた。

……は、恥ずかしいのです
誰にも見られたりはしませんから

気にすることはありません

あなたは嫌ではないのですか?

竜人族の娘に触れるだなんて

私はむしろラッキーですよ


こんな美しい姫を

おぶらせていただけるなんて

なんだか、余計に

恥ずかしくなりました……

ジュリアーノは、ロザーナを背負って

ただひたすらに歩き続けた。


先程負った傷の口が広がって、

再び血が流れはじめているというのに。

あ、あの、

大丈夫ですか?

私、自分で歩きますので……
私が不甲斐ないばかりに

姫に心配をおかけしてすいません

い、いえ……
だが、ジュリアーノは

決して姫を背から降ろそうとはしなかった。

私の血が姫についてしまった、

申し訳ありません

い、いえ……
ロザーナは、ジュリアーノのその姿に

胸がキュンとせつなくなるのを感じていた。

竜人族の村に着いた頃には

すっかり日も暮れて夜になっていたが、

そのお陰でジュリアーノは

誰にも姿を見られることはなかった。

夜闇に紛れて、

村の先にあるドラグーア家の屋敷の前まで

ロザーナ姫を送り届けるジュリアーノ。

いいですか、姫
今日、私に助けられたことは

誰にも言ってはいけません

……
敵の一族である

私に助けられたことを知れば


姫のことを悪く言う

心ない者達もきっといるでしょう

そんな……
私のせいで

姫が悪く言われるなんて


とても私には耐えられません

だから、どうか

私のことは誰にも言わないでください

……分かりました
それでは、

二人だけの秘密にいたしましょう

二人だけの秘密……

よい響きだ

それでは、私はこれで……
あ、あの……
あ、ありがとう、ございました
いえ、礼には及びません


ロザーナはその時に、脚に巻いてもらった

血痕のついた着物の端切れを

今も肌身離さず持ち続けている。

……ジュリアーノ様
ドラグーア家の城、自室で

その切れ端を握りしめて、

ジュリアーノの無事を祈るロザーナ。

――今でこそ、

竜人族の聖女などと呼ばれているが

私は知っている
あの方の、ジュリアーノ様の、

純真で真っ直ぐな美しい魂を前にしては

私の心など、酷く醜い
それでも、私は……


あの方に、ジュリアーノ様に、

恥じない女になろうと決めたのだ

はじめてお会いしたあの時から
だから、もし今の私が

本当に聖女であると言うのなら……

それは、ジュリアーノ様の

清く正しい魂の在り方が


私を聖女に育ててくださったのだ

ジュリアーノ様、

どうか、どうかご無事で……

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色