緊急手術とツンデレ
文字数 2,147文字
氷室はそう思わずにはいられなかった。
その日の晩、
今度は理事長が自宅で倒れたのだ。
たまたま宿直で病院に居た氷室が
救急車で運び込まれた理事長の診察を行う。
それが氷室の下した診断。
その名の通り、
胸部にある大動脈に瘤が出来、
それが破裂してしまっていた。
瘤が出来ただけの段階では
症状が無く、気づきにくい。
瘤は自然に小さくなることはなく
有効な薬物療法も存在しない。
そして破裂した際の死亡率は
八十~九十パーセントにも上る。
大動脈は高い圧で
全身に血を送り込んでいるため、
破裂した際には大出血を起こし、
脳や体内の重要器官への血流に
重大な障害を引き起こす。
オペの準備をしている氷室の前に
病院で休息していたフローラが現れる。
確かに一刻も早く
破裂した大動脈を修復しなければ、
微かな助かる可能性すらもなくなってしまう。
氷室は少し間を空けてから
フローラに問う。
――手術室
手術台に横たわっている理事長の胸部を
氷室がメスで切開すると、
破裂した大動脈から
体内に流れ込んでいた
大量の血が溢れ出す。
大動脈瘤の破裂で一番おそろしいのは
大量出血による死。
これに関しては
破裂した大動脈を完璧に修復さえ出来れば、
後は輸血でなんとか出来る筈、
氷室はそう踏んでいた。
破裂箇所を特定した氷室は
フローラの顔を見て頷く。
フローラもまた箇所を確認し
氷室に向かって頷いた。
ほんのわずかな指先だけを光らせて、
フローラは最低限の力で効率良く
ヒーリングを発動させた。
それは手術の前に
氷室に言われたことを
忠実にやってのけたということでもあった。
――氷室の言葉
それは……。
それにはフローラにも思い当たる節がある。
以前全身複雑骨折の患者に
制限して能力を使う筈が
全身を完治させてしまった。
フローラのヒーリングにより
大動脈の破裂箇所は
まるで何事もなかったかのように
完全修復された。
いや、その部分だけ
細胞が相当に若返っているため、
元の状態より良くなっていると言ってもいい。
フローラは少しよろけながら
手術室から退室して行く。
再び病室で休んでいたフローラのもとに
手術を終えた氷室が報告に現れた。
いつもは最低限のことしか言わない氷室だが、
今回のことを労うつもりでもあるのか、
珍しく自分のことを話しはじめる。
それは氷室なりに
好意を表しているつもりなのか。
そう言って病室を去ろうとした氷室だったが、
思い出したかのように振り返って、
再びフローラを見る。
そう言うと今度こそ
病室のドアをそっと閉めて退出した。