血にまみれた女

文字数 2,246文字

撃て、撃て、撃て
ヘヘヘッ
まだ、まだよ
クッ……

悪魔の群れの銃撃を、蝙蝠の羽根を硬質化、

前面に押出して防御に徹する《アイリン》。

だが、ただ防御しているだけとはいえ

羽根の硬質化にも最低限のエネルギーは使っている、

このままでは中級下衆の言う通り

いずれ力尽きて蜂の巣になるのを待つばかり。

こりゃ、また

大ピンチじゃあないか

その時、愛倫(アイリン)が床を壊した際に

階段が瓦礫で塞がってしまい、

そこをよじ登るなど難儀していた慎之介が

ようやくここまで辿り着いた。

慎さん、逃げてっ!!

勝ち目がなくなりつつある戦い、

せめて慎之介だけでもここから逃げて欲しい、

愛倫(アイリン)は叫んだ。

そういう訳には

いきませんて

しかし慎之介はそんな愛倫(アイリン)の意に反して、

銃弾が飛び交う中を全力で走って向かって来る。

右の翼で自らをガードする愛倫(アイリン)

左の翼を長く伸ばして

慎之介に当たりそうな銃弾を跳ね返す。

あわわわっ
慎さん!

逃げてって言ったじゃあないかいっ!

愛倫(アイリン)の翼に隠れてようやく

彼女の元まで辿り着いた慎之介。

あぁ〜

死ぬかと思いましたよっ

慎之介が来てから明らかに空気は一変した。


愛倫(アイリン)はこの世界に住む人間の

こうした不思議な力を気に入っている。

ただ空気が読めない奴と言われればそれまでだが、

壊してしまった方がいい空気もあるのだ。

まだ息を弾ませている慎之介は、

いきなり力強く愛倫(アイリン)に言った。

あっ、あっ、愛倫(アイリン)さんっ!!
キ、キ、キッスをしましょうっ!!

照れて恥ずかしさのあまり、どもった上に

撥音便(はつおんびん)が入ってしまうのはご愛嬌だろう。

なんなんだい?

こんな時に、慎さんたら

こ、こんな時だからですよっ!

死ぬ間際になって、あたしのこと

抱いておけば良かったって思ってるのかい?

だから早くやろうって

ずっと言ってたじゃあないかい!

逃げろと言いつつ、

慎之介が来てくれたことで嬉しくて

愛倫(アイリン)もつい無駄口を叩いてしまう。

ち、違いますよっ!
粘膜接触ですよっ!
あ!

ここまでの付き合いから

今の愛倫(アイリン)がエネルギー切れなのは

慎之介の目から見ても一目瞭然。

愛倫(アイリン)に精気を分け与える、

慎之介はそのために銃弾の中をかいくぐって来たのだ。

残されたエネルギーをすべて使って、

自らの羽根で二人の周囲を完全に囲んだ

絶対的防御の型で外部を一時的に遮断した愛倫(アイリン)

……

両の掌で慎之介の頬に触れようとする愛倫(アイリン)だったが、

血にまみれた自らの手が目に入り、

触れるのを躊躇(ためら)う。

すまないね


慎さんの大事な

ファーストキッスの相手が


こんなに血にまみれた女で

いつも自分を卑下するな、自分を下に置くな、

そう言っている愛倫(アイリン)のせつない表情に

慎之介は胸が痛む。

何を言ってるんですか


弱き者を守ろうとして

血にまみれたんじゃないですか……


誇らしいですよ、自分は

止まっている愛倫(アイリン)の血にまみれた両の手を取り、

慎之介は自らの頬に押し当てた。

両頬に赤い血が着いたが、

慎之介は穏やかな笑みを浮かべている。

やっぱり、慎さんは、優しいね

自らのおでこを慎之介のおでこにくっつけて、

潤んだ瞳で見つめる愛倫(アイリン)


相手の吐息と熱が伝わり、

まるで自分のものであるかのように慎之介には思えた。


いや実際には、慎之介からも

同じ熱量が放たれていたのだが、

本人にはまだそれがよく分かっていない。

愛倫(アイリン)と慎之介の唇が重なる瞬間、

蝙蝠の両翼は二人を完全に覆い包んだ。


亀みたいに

完全に閉じこもりやがったぜ、こいつら

羽根で二人を包み込んだ絶対的防御の型は、

まるで黒い花の(つぼみ)もしくは(さなぎ)のようにも見えた。

構うな!

このまま撃ち続けろっ!

中級悪魔の(げき)に従い、

下級悪魔達は銃を乱射し続ける。

それを受け、ひたすら耐える絶対的防御の型。

下手に射程に入ると

反撃されるかもしれねえからな

なあに、あの(あま)

もう息切れしてんだから


こうやって削り続けてりゃあ、

いずれ体力も尽きるだろうよ

しばらく銃撃を続けていたが

それでもまだ型が崩れる気配はない。


それどころか徐々に翼の硬度が増して行く。

意外としぶといな、もう一押しか

勝利を確信している中級悪魔、

しかし愛倫(アイリン)の両翼はより一層硬くなって行く。

右の翼はまだ二人を包んだままであったが、

ついには左の翼は

悪魔達が放つ銃弾を弾き返しはじめた。

その跳ね返す力とスピードも次第に強くなって行き、

跳弾を受け倒れる下級悪魔もいる。

グェッ
どうせ最後の悪あがきだ、続けろ!

もう彼是(かれこれ)五分以上、

ひたすらに銃弾を受け続けていた愛倫(アイリン)の翼だったが、

ついに左翼が大きく伸び、鋭利な硬い(やいば)と化して

最前列の悪魔どもを真っ二つに切り裂いた。

……
……

右翼で防御しながら

そっと慎之介を床に置いてから、

静かに立ち上がる愛倫(アイリン)

慎之介はもう自ら立ち上がることも出来ない、

精気の大半を彼女に託したためだ。

まさしく幽鬼の如き威圧感を発し、

静かでありながら燃え盛る青い炎のように

全身からオーラを放つ愛倫(アイリン)

あたしと慎さんの

大事な、大事な、ファーストキッスを邪魔するだなんて

あんた達、死にたいのかい?
いいや、殺すよ

いきり立つ愛倫(アイリン)

それは(みなぎ)る力なのか怒りのオーラなのか。

人身売買に怒っているのか、

二人の初キッスを邪魔されて怒っているのか、

それももはや定かではない。

そしてその姿は薄っすらと光輝いている。
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