死因のない死体

文字数 2,152文字

ハァッハァッ……

恐怖に顔を歪め、

何者からか逃げている人間の男。

人通りがない夜の街に

駆けて行く男の足音だけが響き渡る。

確かに追われている筈なのに

その男以外他に足音はない。

ハァッハァッ……

息を切らせながら、

大通りから細い裏路地へと入り込む。

裏路地をひたすら走り回り、

後ろを確認しようと振り返ると、


それはまだ宙を舞い

後をしっかり追って来ていた。

逃げようたって、無駄だよっ

気味の悪い薄ら笑いを浮かべ、

人間の男を空から追跡する者。

逃げ回る男であったが、

前方には宙を浮く者の仲間が

先回りをして待ち構えていた。

ふふふ、逃がさないよっ

慌てて角を曲がり進路を変えるが、

そこにもやはり

追跡者の仲間が待ち伏せしている。

無駄、無駄っ

さらに方向を変える逃亡者の男だったが、

やがて行き止まりへと追い込まれ

前方を高いビルの壁に阻まれる、

もう先へと進む道はない。

や、やめろっ、

やめてくれっ!

恐怖に震える男。

お前みたいな腐った魂の持ち主を

生かしておくなんて


どうかしてるぜっ、この世界はよぉ

やめろっ!

追い回していた三つの影、

その背後から別の声がした。

その者は全身にローブを纏い

フードを深く被り顔を隠している。

お前達っ、こんなことをして

どうしようと言うんだっ

三人組は振り返る。

ちっ、またお前かっ、

いい加減しつこいんだよっ

俺達の邪魔をすんじゃねぇっ

何、言ってやがんだっ


てめぇがまともに仕事しねぇから


俺達がこうやって、ドグサレ野郎を

殺処分してやってんじゃねぇかっ

背後から現れた

ローブの男は反論する。

それは本来の

我々の役目ではないはずっ

何、言ってやがんだっ、てめぇは

こんな腐った魂の人間をよっ、庇うなんて

てめぇも頭いかれてんじゃあねぇのか?

えっ?おいっ?

構うことはねぇ、

あいつも一緒にやっちまえ

三人組の内二人はローブの男に向かい、

リーダー格の残り一人は

追っていた人間の男に襲い掛かった。


翌早朝、三人組に追われていた男は

貧民街の路上で死体となって発見される。

現場では既に警官達による

現場検証が行われており、


周囲には立ち入り禁止の

規制テープが貼られていた。

警部、やはり、

今回もこれまでと同様、

外傷は一切見られません

司法解剖に回して

結果を待たないと断定は出来ませんが

おそらく今回もまた

謎の突然死ではないでしょうか

ふむ……

部下である刑事の報告を、

トレードマークであるちょび髭を触りながら

黙って聞いている警部。

痩身で、目がギョロっとしている

チョビ髭の中年男性、

大泉(おおいずみ)来蔵(らいぞう)警部。

本人はダンディズムを気取って

身だしなみに気を遣っており

お洒落にもこだわっていたが、


それ故に嫌味なインテリキャラ風に

他人から思われることが多い。

ふむ、もしそうだとしたら、

これでもう五人目かね

ここ最近相次いで、

路上で謎の突然死を遂げた遺体が発見されており、

警察関係者は頭を悩ませていた。

謎の突然死が

どれぐらい謎なのかというと、

これはもう人間には

理解出来ないレベルの謎と言っていい。

――死因がない

誰かに殺された他殺

もしくは自ら死んだ自殺であれば


当然外傷なり毒物反応なり、

それなりの痕跡が残っている筈だが、


そうしたものは一切ない。

病死であってもそれなりに体内に

死因となるべき痕跡が残る筈なのだが、

そうしたものも全く見られない。

司法解剖を行ってみても、

死んだ原因が一切分からないし、

死に至った形跡すらも残っておらず、

肉体的には健康体そのもの。

ある日突然機能が停止して

体が動かなくなったので、

これは死んでいることになります、

そういったレベルに近い。

そうしたオカルトじみた話であるのだから、


移民局の慎之介(しんのすけ)経由で

サキュバスの愛倫(アイリン)に協力要請があっても

なんら不思議ではなかった。


移民局の、守屋慎之介(もりやしんのすけ)です
ご苦労様です

身分証を見せ、

現場検証が行われている

立ち入り禁止区域に入って行く慎之介。

……
その傍らにはライダースーツ姿の愛倫(アイリン)が居る。
ふむ……

愛倫(アイリン)の全身を上から下まで

舐めまわすように見つめる大泉警部。

君、なんだね?

このどエロいご婦人は

ダンディを気取る警部だが、

所々端々に本音が漏れてしまっている。

こちらは協力者のサキュバス、

愛倫(アイリン)さんです

その言葉を聞き、

警部は慎之介を睨む。

……君かね

美女のサキュバスを

愛人にしていると噂の、

移民局の若僧というのは

けしからんっ、

まったくもって

うらやま、けしからんっ

い、いえ、誤解です、

自分達は決して

そのような関係では……

いいじゃあないか、慎さん

あたし達はもう

そういう仲も同然なんだから

面白がって慎之介の腕に抱き着く愛倫(アイリン)


その豊満な胸が慎之介の肘に

ぐりぐり押し付けられている。

愛倫(アイリン)さん、

そんな他人(ひと)に誤解されるようなことを

言われては困りますっ

――こちらの世界の人間と

異世界人との平和的共存

志を同じくして、

愛倫(アイリン)とパートナーを組んだ慎之介だが、


全然知らない人から見れば

エロ目的としか思われず、


初めて会う人とはほぼ毎回

このくだりから入ることになる。

この二人で言い合いをしている様も

他の人から見れば

二人でイチャコラしているようにしか見えず、


警部のようにお叱りを受けることも多い。

けしからんなっ!


まったくもって

うらやま、けしからんっ!

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