ロザーナとジュリアーノ

文字数 1,434文字

夜空に浮かび上がる壮大な満月、

地上に届くかすかな月光が

この世界の闇をわずかに照らし出している。

物質文明の道を辿らなかった、

大自然と共に生きる道を選んだここ異世界で


夜闇に光を差し込んで来るのは

空に浮かぶ月と星々の輝きだけ。

古城の東側に配された塔、

その窓先にあるバルコニーから

空の月に祈りを捧げる女。

あぁ……
ジュリアーノ様……

この異世界で

竜人族を代表する名家である

ドラグーア家の娘ロザーナは


せつなさのあまり

こらえ切れずに嘆息を漏らした。

――気高き竜人族、その中でも誇り高い

ドラグーア家の娘として生まれ育ち


幼い頃から自分が選ばれた者であると

信じて疑うことなく生きて来た……

その私が……


これほどまでに誰かを

愛おしく想う日が来るなど


あの時までは思いも寄らなかった

そう、

ジュリアーノ様に出会うまでは……。


――この果てることない情熱の炎、

ジュリアーノ様を想う恋しさの前では

自らがいかに無力であるか


それまでの自分がいかに無知で傲慢で、

思い上がっていたかを思い知らされ


今となっては昔をただただ恥じ入るのみ

焦がれる胸の苦しさに身悶え


愛おしの君を想うと

まさしく気も狂わんばかりに

冷静さが、理性が失われてしまう

今まさに自分は盲従な恋の奴隷


その事実の前には

膝を着いて屈するしかない

いやむしろ自ら進んで

喜んで屈したいのだ


愛おしいあの人の足下に……

……姫 …… ロザーナ姫……

――夜闇の中に

幻聴すら聴こえて来る……


だが例え幻聴であったとしても

あの方の声が聞けるなら

いつまでも幻聴を聞いていたい

仇敵の家同士に生まれ

普段は会うことすらも叶わぬ二人

夢の中で愛しのジュリアーノ様に

お会い出来ることだけが


このロザーナ唯一の楽しみ……

そんな私なのだから

例え幻聴であったとしても


これほど嬉しいことはない

だが、それは夢などではなかった。

ロザーナが声が聞こえて来る方向に目をやると

暗闇の中に動く人影。

……

その影は塔の壁面を造り上げている石に

鬼のような鋭い爪を突き立て

徐々に上へと登って来ている。

いや、鬼のようなと言うのは正確ではない、

それは正真正銘の鬼、亜人の鬼族なのだ。

ロザーナの愛しい君であり、

鬼の一族を率いるオガーナ家の子

――ジュリアーノ・オガーナ

ロザーナにはそれが

愛しの君であることはすぐに分かった。

想像だにしなかったことに、

驚きのあまりロザーナは、心臓から口が飛び出るのではないかと思ったほどだ。

――夢ならば、醒めないで

お願いだから

登って来るわずかな時間すら待ち切れず


このままバルコニーの柵から

身を投げ出し、飛び降りて、

あの方に抱き着いてしまいたい


そんなはしたない衝動にすら駆られてしまう

手が届くのであれば、

一分、一秒たりとて、

片時も離れていたくはない

ロザーナは柵から身を乗り出して

下へと手を伸ばす。

……

ーー近づくにつれ、はっきり見えて来る

愛しいジュリアーノ様のお姿

鬼族の証である角が二本、

犬歯けんしを鋭く尖らせてはいるものの、

同じく鬼の名を冠している吸血鬼の一族と

見間違えそうなほどに美しく端正な顔立ち。

もちろんロザーナは外見だけを

判断して好きになった訳ではないが、

それも魅力のひとつには違いない。

興奮して熱く火照った心と体、

紅潮した頬、潤んだ瞳、

ジュリアーノの姿を見ただけで

感極まって今にも泣き出しそうなロザーナ。

ジュリアーノ様……

ロザーナが差し伸べた手を

ジュリアーノはしっかりと握りしめた。

このような夜更けに押し掛け、

姫の部屋に窓から侵入するなど

この破廉恥な私めを

どうか、お許しください…… 姫 

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