千年も目醒めてなかった性癖

文字数 2,048文字

いやぁ、本当にこんな世界が

あるもんなんですね……

世間知らずな貴族のバカ息子みたいで

いい演技だったじゃないか、慎さん

会場を後にして、二人きりになると、

小声で会話をはじめる愛倫(アイリン)と慎之介。

しかし、こんな設定とか台本

いります?

潜入捜査だって言うのに

メチャメチャ目立ってるじゃないですか

この船の隅々まで見るなら

これが一番手っ取り早いと思ってね

どうせ潜入するなら


堂々と悪魔にとって

最高の客になればいいのさ


慎さんがね

潜入捜査で客船に乗り込んだ愛倫(アイリン)と慎之介、

会場で見せた奴隷とご主人様は当然演技となる。

愛倫(アイリン)がしている目隠しも、首輪も手錠も、

武器の時と同様に

自身の生命エネルギーから生成したものであり、

目隠し越しでも目はハッキリ見えている。

むしろ目隠しは愛倫(アイリン)の顔を隠すためのもの。

愛倫(アイリン)の顔を知っている者が

悪魔の中にいるかもしれない、

その対策のためにしていたのだ。

船の中で感じる限りでは、

ここに居るのはどいつも下級悪魔みたいだね

人間に成りすましてはいるけど、

スタッフの約七割ぐらいが悪魔……


ざっと見積っても千近くはいそうだね

そんなにですか……

下級とは言えそれだけの数の悪魔が、

先遣隊として既にこちらにやって来ている、

その事実に慎之介は愕然とする。


でも、愛倫(アイリン)さんのポリシー的に

こういうの絶対やらないと思ってたんですけどね

慎之介は意外だった。


奴隷制度を忌み嫌う愛倫(アイリン)

真似事とは言え、奴隷になるとは

思ってもみなかったのだ。

何を言ってるんだい、慎さん


あたしはいつだって

慎さんの愛の奴隷だよ

こんな時にそういうの

もう本当にいいですから

そりゃ、あたしだって

千年生きてるけど


男にこんなことさせたのははじめてだよ

慎さんだったらいいかなって、

慎さんがはじめての男なんだよ?

まぁ、あたしも

千年生きて丸くなって来たのかね


プレイなら、

こういうのもいいかなと思ってね、

プレイなら

丸くなってドMって

おかしくないですか?


むしろ尖りまくってるじゃないですか

いや、それにしても

慎さんから命令される感じも

悪くなかったね


あたしゃゾクゾクしちまったよ

千年経ってはじめて、

新しい性癖に目醒めちまいそうだよ、あたしは

千年も目醒めてなかった性癖なら 

そのままずっと寝かせといてくださいよっ

そんなこと言って、慎さんだって

まんざらでもなかったんだろ?

堂々としてまるで別人のようだったじゃあないか

え、いや、あの、その……

まぁプレイなら

慎之介のような人間ですら

それなりに刺激的に思ってしまう、

人間の(ごう)というのは深い。

だが愛倫(アイリン)も、行き過ぎなければ、

そうした人間の業は嫌いではない、

むしろ好きだろう。


これまでそうした人間の業と共に生きて来たのが

サキュバスなのだから。


ところで、慎さんだったら、

あたしにいくらの値段を付けてくれるんだい?

また愛倫がポリシーに反するようなことを言い出す。

そんなこと出来ませんよ


愛倫(アイリン)さんは、お金でかえられるようなものじゃありません


プライスレスです

慎さんなら、そう言ってくれると思っていたよ
今のはそう言わせたかっただけですよね?

愛倫(アイリン)は時々、何度も愛を確かめたがる

面倒な女のようなことをする。

恋愛経験の無い慎之介には

それがよく分かっていなかったが、

なんとなく、愛倫(アイリン)にも

可愛いところがあるのだなぐらいには思う。

あいつらはVIP待遇だな
どんな美味しい餌になってくれるか、

ワクワクしちまうな

愛倫(アイリン)の目論見通り、

悪魔は慎之介を超優良潜在顧客として認識した。

これまでの活躍で

移民局でそれなりに権限も貰え、

いい感じの位置にいると思われがちな慎之介だが、

まだまだ新米の若手。

移民局自体が国の組織である以上、

公務員のようなものであり、安月給なのは間違いない。

公務員は年功序列に厳しいのだ。

こんな社交界みたいな場所、

少し前の言い方ならばハイソサエティ、

今風に言うならばセレブ達の集いには

おそらく一生縁がなかっただろう。

この船に居る者達は人間も悪魔も

当然そんなことは知らない。


そのため、状況から判断して

ここで一番価値のある顧客と

悪魔に認定されたという訳だ。

あの女が売りに出されりゃぁ

とんでもない額の金が動くぜ

仲介料だけでも

大儲け出来そうですね

それは一重に愛倫(アイリン)の価値ということで間違いない。

妖艶な絶世の美女を奴隷にしている青年、

この船で誰よりも価値がある所有物を持っている者。


そのことだけで慎之介には(はく)が付き、

彼のステータスをてっぺんへと押し上げたのだ。

この狭い船の中はそうした価値基準で成り立っており、

愛倫(アイリン)はそのことをよく分かっていた。


あちらの異世界では、嫌というほど、

散々よく見た光景でもあるのだから。


そしてこれは、レジェンド級サキュバスの

愛倫(アイリン)にしか出来ない作戦だろう。

ただ一つ愛倫(アイリン)にとっても意外だったのは、

慎之介の演技が上手く、

アドリブも天才的だったことだろうか。

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