ドMの皮を被ったサキュバス

文字数 2,303文字

おいっ、お前達!

ここで何をしている!?

扉を開けると、スタッフの男に

荒々しい声で呼び止められる。

ここが、厨房ですか
……

奴隷の姿をした愛倫(アイリン)を連れた慎之介は

その場の機転で適当なアドリブで誤魔化す。

食事にはどんな食材を使っているのか、

大変気になるところですね……


僕は超高級食材しか口に合わないものでして

そう、悪魔のことなど何も知らないVIP待遇の客、

我儘(わがまま)傲慢(ごうまん)な大金持ちの坊々(ぼんぼん)として

傍若無人な振る舞いをしていればいいのだ。

向こうは腹立たしく思うだろが、

こちらが超優良見込み客である以上、

(ないがし)ろに扱うことは出来ない。

悪魔が手を焼くぐらいに

我儘で傲慢な人間を演じればいい。

いざとなれば、羊の皮を被った

愛倫(アイリン)という狼がいる。


今の状況的には羊の皮というよりは、奴隷の皮

もしくはドMの皮と言った方が相応しいのだが。

お客様、さすがにここは

衛生上の問題がございますので、

立ち入りはご遠慮ください

案の定、慎之介が握るリードに繋がれている

愛倫(アイリン)の姿を見て、

呼び止めた男は態度を豹変させて

猫撫(ねこな)で声で礼儀正しく対応して来た。

奴隷姿の愛倫(アイリン)を連れているのは

トップランカーの看板を見せびらかして

歩いているようなもの。


噂になっている超優良見込み客だと

男もすぐに分かったのだろう。

確かに、おっしゃる通りですね、これは失礼

そこが目当ての場所ではないことを確認した慎之介は

船内をうろちょろ見て回る迷惑な客を装う。

さて、次はどこに行きましょうか
この雌犬(めすいぬ)もお散歩させなくてはいけませんしね

それらしいことを言いながら

握っているリードを強く引っ張る慎之介。

あぁ、あんっ……

首輪を引っ張られて、

思わず艶めかしい声で鳴く愛倫(アイリン)

ゴクリ……

そのせつなさの中にあるエロスに

加虐心を果てしなく掻き立てられた人間の男は

ゴクリと唾を飲み込む。

じゃぁ、雌犬ちゃん、お散歩を続けようか
再び首輪を強く引っ張る。
あぁ、わんっ……

――なんでワンなんだよ

もうこの人絶対ノリノリでやってるだろ

まさか、悪魔が衛生を語るとはね……

慎之介の耳元に寄って小声で愛倫(アイリン)が囁くには

どうやら仮面の男は人間を装った悪魔だったらしい。

とりあえず次を探しましょう

誘拐された七名の人魚がこの船の何処にいるのか、

まだ分かってはいない。


巨大豪華客船と名乗るだけあってそこそこ広く、

この調子で見て回るのも時間が掛かる。

我儘で傲慢なVIP客を装いながら

慎之介と愛倫(アイリン)が探し続けると、

交替で見張りが立っている

明らかに怪しい通路へと辿り着く。

……
……

おそらくその先にある積荷置き場に

人魚達が捕らわれているのであろうと

慎之介はすぐに察した。

困ります、

さすがにお客様でもこの先に入られては

人間に扮した悪魔は制止する。


何も知らぬ客を装って

突破を試みようとした慎之介だが、

さすがにここでは止められた。

ここは、

この後開催されるオークション


そこで出品される

異世界の娘達の控え室となりますので

確定情報は引き出せたが、

出来ることなら中の様子も見てはおきたい。


この規模で人身売買のオークションをすると言うなら、

おそらく捕らわれいるのは

人魚の七名だけではないだろう。

愛倫(アイリン)も慎之介と同じことを考えたのか、

既に魅了の術が発動されていた。

……
どうぞ、こちらです

人間を装った悪魔は魅了の術をかけられ

二人を部屋の中へと案内して行く。

これまで気配を察知されることを懸念して

一切術を使って来なかった愛倫(アイリン)だったが、

そろそろ正念場、開戦も辞さないと覚悟を決めたのだ。

悪魔にはサキュバスの魅了が通じないことが多いが、

下級悪魔で愛倫(アイリン)との実力差があったため

今回はあっと言う間に術中に落ちた。

積荷置き場にはコンテナが積み上げられており、

その奥には幾多(いくた)もの(おり)が積み重ねられている。

さすが悪魔だね、控え室が(おり)とは

あいつららしい笑えない冗談だよ

檻の中に閉じ込められている者達、

予想以上にその数は多い、

三十名以上はゆうに超えているだろう。

……
……
……

エルフ、ダークエルフ、獣人、有翼人、

こちらの世界に移民して来た

ほぼすべての種族がいるのではないかさえ思える。

暗い顔をして俯いている捕らわれの女達、

この先我が身に降りかかる運命に

恐れおののいているのであろう。

愛倫(アイリン)さんっ!
助けに来てくれたんですかっ!
あぁっ
ありがとうございます……
あんた達!

無事なのかいっ!?

その中に人間の娘達を見つける。

七名全員まだ無事のようで安堵(あんど)する慎之介。

よかった……

愛倫(アイリン)の名を聞き、捕らわれている者達の

それまでの暗い顔が一変した。

異世界から来た者で、

愛倫(アイリン)の逸話を知らぬ者はいない。


助かるかもしれないと、

希望の光が見えたのだろう。

みんな、

今あたし達の仲間が助けに来るから、

ここでもう少しだけ辛抱しておくれよ

別の場所に待機している

仲間のリリアンに思念を飛ばす愛倫(アイリン)

捕らわれの者達を今すぐにでも

解放してやりたいところだが、

水が無いところでは人魚の動きは遅い。


そして予想以上のこの人数を連れて

二人で逃げ切れるとは思えない。


やはり当初の作戦通りにいくしかないだろう。

そう考えた愛倫(アイリン)

船の構造と救出者の位置を細く

リリアンに伝えるべく思念を送り続けた。

そして慎之介は覚悟した。

この酷い有り様を見て

自分ですら怒りを感じているのだ


愛倫(アイリン)さんの怒りはどれ程だろうか

今回ばかりは、

愛倫(アイリン)さんの怒りを止めるのは

無理だろうな……

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