ソードマスター

文字数 1,594文字

まっ、参りましたっ!

片膝を着き、

相手に向かって頭を下げ、


平伏しているその男は

道着姿で手には竹刀が握られていた。

さすがは先生、

あっしなんかは足下にすら及びません

顔を上げた男の前に

立ちはだかるのは初老の紳士。

……

グレーの髪に髭を蓄え、

前合わせの着物風衣装に

ローブを羽織っており、

一見しだだけではこの世界の人間に思える。

いや、そなたも

この世界の人間としては中々のもの

この初老の紳士こそが、

ソードマスターその人。

そして、その前にいるのは

ソードマスターが現在

草鞋(わらじ)を脱いでいる組の若頭。

剣道有段者であり

腕に覚えがある若頭は、


屋敷の一角にある道場で

ソードマスターに

稽古の相手をしてもらっていたのだ。

――世辞ではなく

この者には剣の素養がある

もしあちらの世界に

生まれ育っていたら

一端の剣士にもなれたかもしれぬ

しかし如何せん

余りにも実戦が足らな過ぎる

常に死と隣合わせであり

日々を生きることがまさしく戦い

自分の居る所すべてが戦場


そうした極限の中にあってこそ

真剣の腕は開花するというもの

この世界でどれ程苛烈に生きようとも

やはり遠く及ぶものではない……


組の中でももっぱら

硬派な狂犬とされている若頭も、


心から敬服する侠客の前では

まるで子供のような無邪気さを見せる。

あっしはね、

先生が羨ましくて仕方がないんでさぁ

異世界ってところは

己の力のみで生き抜き、

力が支配する世界だそうじゃないですか

一番強い奴が一番偉いんでしょう?

若頭はタオルを手にし汗を拭う。

あっしもね、

そんなところで生きて行きたかったんですよ

こちらの世界じゃ

只の暴れん坊扱いのあっしも

異世界ってとこだったら

自分を活かせる道ってもんが

あったんじゃあねえかと思いやしてね

……

その若頭の言葉が

今のソードマスターの胸に

深く突き刺さる。

広い日本庭園に和風建築の屋敷。

そこがソードマスターが

用心棒として雇われている

マフィアのトップ、


大親分の私邸であり

組織の拠点でもあった。

……
日本庭園を眺めているソードマスター。

――これこそが

我が身を流れる血のルーツ

そして彼の腰に差してある日本刀。

本来であれば彼の得物(えもの)

サムライソードと呼ばれる

日本刀に酷似した異世界の剣。

しかしこの世界に入国する際に、

サムライソードの所持は

銃刀法違反になるとして、

当局に剥奪されてしまっていた。

ソードマスターの名の通り

彼にとって剣は命にも等しく、

共に数多(あまた)の死線をくぐり抜けて来た

サムライソードは自身の体の一部も同然。

――思えば私の失意は

あの時からはじまっていたのだ

ソードマスターと言う名を

冠していながら


帯刀すら許されないという

大いなる存在矛盾

それはこの世界により

自己の存在を否定されたようなものであり


私のアイデンティティを

崩壊させるには充分なものであった

まだこの世界の中でも

紛争地域などであれば、


サムライソードは

没収されることを免れたかもしれない

しかしよりにもよって

一目見たいと熱望していた

先祖の故郷である日本が、


おそらく世界で一番

銃刀法に関しては厳しいという皮肉

先祖への畏敬の念が強く


ご先祖が生まれた祖国日本を

一目見たいと憧れ続けて来たが……

今のこの世界には失望しかなかった

――この世界に

(それがし)の居場所はない

侍も忍者もいない……


武士道も既に滅んでしまっている

この世界には……

最終的に力ある者が

すべての支配者となる世界を

なんと不条理な世界であるのかと、


自分は弱い者の剣になろうと

思い続けて来たが

実際に平和で穏健な世界を

目の当たりにしてみて、


そこには自分の居場所がないことを

ハッキリと悟ってしまったのだ

これまでの長きに渡る信念すらも

否定されたかのような感覚


それは二度に渡り

自分が拒絶されたような気分でもあり


より一層心中を

複雑なものとさせていた

そしてこの世界、この日本で唯一、

力による闘争を是としている組織


それがこの無法者達が集う

ジャパニーズマフィアでもあったのだ……

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