第96話 僕のフェラーミーシャ

文字数 2,989文字

 諜報網でブラムス近辺を探っていたマギヌンとミーシャ、討伐隊の兵士達が一斉に顔を上げる。
 何か掴んだらしい。
 ミルン国は、全世界に諜報員を送り込んでいる。
 その諜報員達とは、伝心でやり取りしている。

「複数名から、同じ報告が上がっている。情報の精度は高い」

「ええ。恐らく間違いないかと」

 マギヌンの判断を、ミーシャが肯定する。

「何があった?」

 グランやセレナ達といった部外者は、諜報網の伝心を聞けない。

「ベンゲル国で、挙兵の動きあり、だ」

 マギヌンの返答に、グランさえ驚いた。
 ベンゲル国――エルフ達は、吸血鬼から実害を受けていない。
 秘密の森から外に出たエルフ達の何人かが、吸血鬼の毒牙にかかった程度だ。
 カサン・カートンと立て続けに人間領域が落ちて、危機感を募らせたか。
 あるいは、ドラゴンを眷属にしたのが原因か。

(まあ、ここでエルフの女帝・レインの考えを推察しても仕方ない。
 しかし、エルフが挙兵か。なるほど、ブラムスが臨戦態勢に入るわけだ)

 この世界では、吸血鬼・エルフ・ドワーフの三種族が、(つの)を突き合わせている。
 三種族の力は、拮抗しているとの見方が強い。
 その危ういバランスのお陰で、人間達は三種族のどれからも攻撃を受けていない。
 人間を攻撃している間に、他種族から攻撃される恐れがあるからだ。
 逆に言えば今回、吸血鬼が人間制覇に乗り出した。
 これをエルフが好機と見て、ブラムス攻撃に走った可能性はある。

「エルフ達が挙兵するなら、
 血吸いどもはブラムスで迎撃態勢を必死で整える。
 今は戦力の多くを、レイジ国陥落に割いている最中だ。大慌てだろう」

「だから、この排他領域にも血吸いどもは戦力を割けなかったんだろう」

 グランとマギヌンのやり取りを、周囲の人間達は頷きながら聞いていた。



 どうやら、第三波は無いようだ。
 特級の吸血鬼と戦わずに済んだ。
 セレナパーティは安堵した。
 だが、心穏やかではいられない。
 自分達の実力を、まざまざと思い知らされた。
 カートン戦争で、少し過大評価してしまった実力を。
 自分の弱さと対峙する。
 それは、辛い。
 心折れそうになる。
 折れないためには、強くなるしかない。
 パーティメンバー全員が、エルフの妙薬を考え始めていた。
 全ては、グランの狙いどおりに進んでいた。



 排他領域を奪還したので、全員がベウトンへ帰還準備を始めていた。
 帰還の指示を出しているマギヌンに、グランが声をかける。

「マギヌン。バラーの目は回収しておけ。目を閉じたままでだぞ」

 マギヌンが倒した、敵指揮官・「魔眼のバラー」。
 その目は見ただけで、見られた者を殺す力を秘めている。

「死んでも、効果は変わらないと?」

「それは分からん。何せ、試せないからな」

「それはそうだ」

 マギヌンは苦笑した。
 効果を試すには、実際に魔眼を人間に向ける必要がある。
 効果が残っていた場合、その者は実験のために命を落とすことになる。
 死罪の罪人相手でも、マギヌンは試さないだろう。
 人たらしだが、妙なところでモラル意識が高い男だ。

「だが確かに、後々、役立つ時が来るかもしれない。
 魔眼は、ミルン国が責任を持って保管しょう」

 そう言うマギヌンに、グランは頷いた。



 帰還準備が整い、討伐隊一同は帰路に着いた。
 五十匹の巨人と五匹の吸血鬼を相手に、勝利を治めた。
 殉職者も出なかった。
 大勝利だ。
 ブラムスが作りかけたアジトは明日、別の兵士達が破壊に来る段取りだ。



 ユリアは、自分の足で歩ける程には回復していた。
 ただ、頭を手で抑えている。

「ユリア、まだ具合が悪いの?」

 クロエの問いに、

「ううん。魔法を使い過ぎたのかな。軽い頭痛がするだけよ」

 妖艶な笑みを浮かべながら、無事を報告する。
 別にクロエを誘っているわけではない。
 人妻のような卑猥な雰囲気を漂わせるユリアは、あらゆる仕草が欲情的になる。

 クロエには強がってみせたが、実際は違う。

 『鏡に映る自分は傷つける。その鏡を割れるのは明日の自分だけである』。

 また、内なる声を聞いた。
 しかも声は鮮明に、力強くなっている。

(きっと近いうちに、また戦いがある。
 次は、グラン様にも皆にも、醜態をさらせない。
 強くならないと……。そう、強くならないといけないわ。
 強く……エルフの妙薬、か)

 グランの提案に最初に傾いたのは、女賢者だった。



 帰り道を歩きながら、グランとマギヌンは並んで話していた。

「おい、マギヌン。お前を殺したくて仕方ない奴等が分かったぞ」

 グランが片頬を歪めて愉快そうに言えば、

「排他領域奪還中も、
 お前はミルン国中に使い魔を送り込んでいただろう?
 極秘偵察と巨人殲滅に血吸い抹殺を両立させるとは。
 全く、お前は異常だぞ」

 マギヌンが呆れ顔で返す。

「暗殺者リストを作った恩人相手を、異常呼ばわりするな」

「排他領域奪還中に探りを入れたのは、お前だけじゃない」

「ほう。
 では、お前ご自慢の諜報網で、お前を暗殺する奴等が分かったのか?」

「当然だ」

 グランとマギヌンの視線が絡み合う。
 互いに、不敵に笑い合う。

「末端の奴等は、どうでもいい。暗殺者達の頭は二人いる。
 一人は、今日の昼食時に現れた奴だ」

「副将軍のツーポスだな。まあ、順当な結果だ」

 マギヌンが視線を上に向けて、溜息をつく。

「もう一人は、貴族のジャンクという奴だ。確か、王の遠縁だったか」

「そうだ」

 ジャンクはミルン王の非情に薄い血縁者で、王位継承権はない。
 暗殺組織の頭が割れたのに、マギヌンは浮かない顔をしている。

「どうした? 愚息をしゃぶられ過ぎて、炎症でも起こしたか?」

「……気付いていると思っていたよ。
 だが、そんなことじゃない。当たり前だが」

 一瞬、動揺したマギヌンだったが、冷静さを取り戻す。

「証拠がない」

「頭が固いお前なら、そう言うと思った。
 俺の使い魔は、見た記録を脳に残せる。
 証拠なら、しっかり揃えてあるが?」

「さすが過ぎて、もう言葉が無い」

 グランとマギヌンが、今度は陽気に笑い合う。
 笑いながらも、グランはすでに次を考える。

(しかしエルフの妙薬を狙った途端、女帝・レインが挙兵か。
 これが吉と出るか凶と出るか)

 内心そう考えるグランだが、全く焦っていない。
 むしろ、これから待つ「お楽しみ」に心躍っていた。

(考え事は明日にで、ゆっくりするか。
 さて、今夜の冒険は終わった。
 冒険を終えた冒険家がやることは、ただ一つだ。
 家に帰って、いい女を抱く)

 グランが、ミーシャをジッと見詰めている。

(マギヌンと「お友達」になるのは、非常に不愉快だが。
 しかし高級娼婦でもないのに、性界フェランキング二位は捨て難い)

 特級の諜報員にして、吸血鬼殺し(ヴァンパイア・スレイヤー)のステータスを持つ女。
 彼女はこの時まだ、自分の身に起きることを知る由もなかった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み