第56話 お乳吸っても、お血々吸うな

文字数 3,928文字

 テーブル上の朝食の食器は、執事達によって下げられた。
 国家機密級の話をしているので、執事達に不審な動きがないか、実はここにいる全員が目を光らせていた。
 結果は問題無かったので、ミーティングが続いている。

「つまり吸血鬼達は、人間への脅威評価を上げたわけだ。
 その要因には、
 奴等の指揮官暗殺とバルログ氷結も含まれているのではないのか?」

「奴等の大規模な増援はグランのせいだと言いたいのか!?」

 トーレスの言葉に、セレナが噛みつく。
 しかし今回は、セレナの一人相撲ではない。
 パーティメンバーの気持ちを代弁している。
 その(あかし)に、パーティメンバー全員がトーレスを睨みつけている。

「もちろん」

 トーレスがアッサリと認める。
 アッサリ過ぎて、セレナは思わずトーレスを二度見してしまう。

「グラン君の暗殺のお陰で、カートンを要塞化する時間を稼げた。
 それが間に合わなければ、敵の数など関係ない。
 ゴリ押しされて敗北していただろう」

 トーレスは、グランの暗殺を責める気はない。
 むしろ、称賛している。

「ラントのような超大国ならともかく、
 この街の要塞化に、それ程の効果があるのか?」

 セレナの問いに、待ってましたとばかりにモグリが答える。

「カートンってぇ街の一番の特徴なんすけど。
 東西南北の門を閉めて、内側からでも外側でもいいから施錠する。
 すると、アーラ不思議。完全封鎖が完成するんだよなー」

「その安全噂とやらの威力は?」

 奇麗にスパッと聞き違えるレスペは、爽やかで気持ちがいい。

「か・ん・ぜ・ん・ふ・う・さ、っす」

「失敬!」

 元気なレスペは、どんどん爽やかになり、気持ち良さを増していく。
 気持ち良すぎて、あのモグリが苦笑している。

「で、完全封鎖の効果なんすけど。
 内側から外にだーれも出られないみたいな?
 外からも同じでー。だーれも入れなくなるみたいな?」

「空と地下はどうなんだ?」

「俺が手を打つ。
 特級の吸血鬼が大規模破壊魔法を使わない限り、
 破れない防壁を張る」

 セレナの問いは、的を射ている。
 だからグランは「黙れ」と言わずに答える。

 束の間、静寂が落ちる。

「あっれー?
 てっきりここでー、
 『我が身可愛さに、籠城する気か!?』的な罵声が、
 ビュンビュン飛んでくんだろーなーと思って、
 ワクワクして待ってたのにー」

「モグリ殿。我々は世界ランキング二位のパーティだ。
 完全封鎖の狙いが分からぬほど、未熟ではない」

 モグリとセレナ、両方が不敵な笑みを浮かべる。
 二人の視線が激しく宙で絡み合う。

「俺と技師達が作り上げた罠は、街を完全封鎖してからの方が効くんでねぇ」

 モグリが言うと、

「俺の魔法トラップもそうだ」

 グランも同意見だ。
 街中に仕掛けた罠は、敵が密集するほど効く。

「それに俺が自爆したとき、破壊力が外に逃げず、
 内側に閉じ込められる。
 俺が自爆すれば、ここにいる全員が死ぬが、
 世界一の嫌われ魔法使いも死ぬわけだ。
 悪いことだらけでもないだろう?」

 グランの言葉に、一同から笑い声が起きる。

(自爆か)

 トーレスは、腰にブラ下げた布袋に手を入れる。
 魔法石が五つ入っているのを確認する。

「敵の尋常ではない増援数を聞いても、
 誰からも悲観論は出ないのか。驚きだ」

 そう言うトーレス自身に、悲壮感がない。

「トーレス殿も、私達を甘く見てもらっては困る。
 ここまで来れば、敵の数は多ければ多いほどよい」

 相変わらず不敵な笑みを浮かべるセレナに、トーレスが頷く。
 セレナの言う通りだ。
 今後も、ブラムスの侵攻は続くだろう。
 その(たび)に大打撃をあたえれば、ブラムスはさらに増援を送る。
 結果、本国の守備が薄くなる。
 女王・ローラに手が届きやすくなる。
 その首を斬り落とす隙が生まれる。
 そのためならば喜んで、この命を差し出そう。
 この場に集う全員が、その覚悟を決めている。

「話はここまでだ。各自、やるべきことをやれ」

 グランが仕切るが、領主のトーレスは(とが)めない。
 指揮系統の一元化がどれだけ重要か、元冒険者として戦った彼は分かっている。

 グランの指示通り、やるべき(つと)めを果たすため、全員が散っていった。



 モグリは連合軍兵士や技師達とともに、魔法油の作業を急いでいた。
 魔法油とは、全ての属性の魔力を溜められる油だ。
 魔法属性は、光・闇・火・水・風・雷・土に分かれる。
 モグリはその中でも、魔法油に仕込む属性を火・風・雷に絞った。
 グランやセレナパーティのメンバー達、さらに少数だが連合軍でも魔法が使える者達から、各属性の魔力を魔法油に仕込んでもらった。
 それを、魔法(びん)に詰める。
 魔法瓶は、その内側に魔力を溜め込める瓶だ。
 矢の先に、その魔法瓶を(くく)りつける。
 瓶は大小様々あるので、重い瓶なら矢尻の刃は外す。
 矢はあくまで、魔法瓶を敵に叩きつけるため運び役だ。

 モグリが魔法属性を絞ったのは、実戦での混乱を避けるためだ。
 空の敵には、風の魔法瓶を放つ。
 地上の敵には、まず火属性の魔法瓶を放つ。
 敵が火属性の魔物で通用しない場合のみ、雷属性の矢を放つ。
 万が一、火と雷両方の属性を持つ敵がいれば、魔法瓶はあきらめる。
 抜刀して、戦う。
 数万の敵味方が入り乱れて戦うのだ。
 乱戦でも混乱しないよう、モグリは兵士達の攻撃手順をシンプル化した。
 後はカートン封鎖後の市街地戦で、技師と兵士が連携できるよう、罠の場所や発動させるタイミングを確認するだけだ。
 それは、最終日の明日でいいだろう。
 今日はとにかく、魔法瓶の準備を終わらせることだ。

 色々と考えながら、モグリは街を歩き回っていた。
 すると、グランと出くわした。

「旦那、オツっす。魔法トラップ、順調っすか?」

 グランから魔力を使った痕跡に気付いたモグリが、挨拶する。

「順調だ。後は、ブラムスのバカどもが突っ込んでくるのを待つだけだ」

 グランの態度は、初めて会ったときも今も、全く変わらない。

(あのさ。敵は三万の増援なんだよ?
 結果、こっちの倍いるんだよ?
 しかも個体の力は、あっちの方が上だよ?
 割と詰んでるのに、全く動じない旦那って。
 ったく、男でも抱かれてー)

 モグリは心底、感心していた。
 ――やるべきことをやれ。
 そう指示したグランが最も粛々淡々と、やるべきことをやっている。

「色々と罠を張っているようだが、地雷は埋めなくていいぞ」

 グランの言葉を楽観的と受け取ったモグリが言い返す。

「ったく。旦那が吸血鬼なら、
 リーナ嬢もセレナ嬢もお血々を吸われて、
 お肉をたーっぷり食べられてんなー。
 でも旦那」
 
 モグリの目が、一瞬険しくなる。

「吸血鬼の皆様方のペットの魔物には、
 地下をモッグラモッグラとやってくる奴等もいるんだぜー」

 レイジ国の兵士が、ブラムスとは最も多く戦っている。
 尊い犠牲を払いながら、多くを学んだ。
 その自負が、レイジ国の連合軍兵士にはある。
 当然、モグリにもある。
 だがグランは、その上をいく。

「モグリ。お前は、二つのことを心配しなくていい」

「おっと、突然のボーナスターイム!
 ドキがムネムネを二つもしなくていいのは楽チンだなー。
 で、何と何っすかね?」

「一つ目だが、地下には強烈な致死性の魔法毒を仕込んでおく。
 二つ目、その魔法毒は、塹壕にいる兵士達には無害だ。
 何しろ、人間以外を殺す魔法毒だからな」

「サイッコーな旦那からのリッチなサービス、いただきましたー。
 でも旦那、カートンは街だが、
 田舎の都市より広かったりするんすよ?
 その地下全てに、魔法毒仕掛けるとか? 無理っぽくないっすか?」

「ここより広い地下に、魔法毒を仕込んだ経験があるが」

「あ、こりゃあ、参りました」

(世界ランキング一位パーティってぇのは全く、
 どれもこれも、規格外過ぎだろ。
 しっかし、グランの旦那がさ、
 このタイミングでカートンにいてくれたことには、感謝感謝だな)

 内心でグランについて考えていると、当の本人から、リクエストが来た。

「街中に、鈴をつけろ。音域をなるべくバラけさせてな」

 グランの狙いに大体の察しはつくが、モグリは確認は怠らない。

「何のためにリンリンを?」

「俺は開戦と同時に、敵の視覚と聴覚を奪う。
 ただし、敵に押し込まれたら、聴覚を敵に返す。
 そうしたら、鈴を鳴らせ。
 方々(ほうぼう)で鳴り響く鈴の音は、
 無音よりも、奴等を混乱の渦に叩き落す」

「了解っす。早速、手配しまーす」

 言うなり、モグリは駆けていった。

(くぅーっ、どうしたら、旦那みたいな最高男になれるんだい?
 今夜は抱かれるわー)

 迎撃の準備は、順調だ。

 ただ、カートンで戦う全ての者が、分かっていることがある。
 迎撃態勢が万全だとしても、勝算は薄いという事実。

 しかしカートンで戦う全ての者の、思いは一つ。
 勝算がどうであれ、一匹でも多くの敵を道連れにする。
 後に続く、同じ志を持った人間の兵士の一太刀が、吸血鬼の女王の首に届くと信じて。
 我々は、カサンの英霊とともにあるのだから。
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