第94話 甘えん坊のサンタ メリクリ前にやって来て

文字数 3,748文字

 セレナパーティは、昨日今日できた冒険者集団ではない。
 それどころか、世界二位にランキングされている。
 そんな彼女達は、吸血鬼との戦闘経験も持っている。
 だがそれは、「純血」の吸血鬼に噛まれた「元人間」達でしかない。
 吸血鬼になりたてホヤホヤで、下等の中の下等だ。
 衣類は男女問わず、吸血鬼達に蹂躙(じゅうりん)され、ボロ布同然だった。

 しかし今、目の前にいる男の吸血鬼達は、黒のスーツをビシッと着込んでいる。
 こんな深夜の、しかも排他領域だというのに、髪型までセットしている。
 敵というより貴族だ。
 しかし。
 怒りに燃える二匹の吸血鬼の形相から、この場は冗談で済みそうにない。

 討伐達の兵士達は、素早く吸血鬼達から後退した。
 そうしながら、布陣を整え始めている。
 さすがは、マギヌンが選んだ精鋭達だ。

 一方のセレナ達も、吸血鬼相手に陣形を組む。
 だが誰一人、吸血鬼に攻撃をしない。
 怯んでいるのだ。
 相手が「純血の吸血鬼」であるという事実に。
 その「純血の吸血鬼」の怒りに気圧されて。

「この排他領域は、ブラムスにとって重要拠点だとマギヌンに教わっただろう?
 そこを警備する魔物が殺傷された。ならば、飼い主が飛んでくるのは当然だ」

 グランが片頬を歪める。

(やっと血吸いが来たが。二匹は下等に中等か。
 話にならん。だが、もっと深刻な問題がある。
 そんな奴等ですら、セレナ以外のパーティメンバーは腰が引けている)

 表情と裏腹に、グランが抱える危機感は大きい。
 そして現状にショックを受けていたのは、セレナも同様だった。

(私達はブラムスを陥落させ、
 吸血鬼の女王を抹殺するために編成されたパーティだぞ!
 なのに、誰も血吸いを攻撃しないなんて!
 一体何を恐れている!?)

 それでもセレナが怒鳴らないのは、困惑しているからだ。
 セレナはカートン戦争で、上等吸血鬼のゾーフと戦った。
 戦うことに、恐怖も疑問も抱かなかった。
 この点が、勇者と他のジョブとの決定的な違いだ。
 勇者は生まれたときから、すでに巨悪と戦うことを義務づけられている。
 物心つく前から、相応の訓練を受けて育つ。
 巨悪と戦うことは当然であり、人生だ。
 だが、他のジョブは違う。
 極論すれば、冒険は彼等にとって、食い扶持(ぶち)を稼ぐ手段でしかない。
 このジョブ間の乖離が、しばしば勇者の孤独を生む。
 最悪、パーティ解散の原因にもなる。

(いや、待てよ。
 これはパーティの連中に、自分達の弱さを実感させるいい機会か?
 弱さを実感すれば、急激な強さを欲する。
 エルフの妙薬を、入手する気になるかもしれん)

 そう結論付けたグランが、

「おい、セレナパーティよ。さっさと攻撃しろ。仕留めろ。
 排他領域奪還は楽勝なんだろう?
 敵は下等と中等の吸血鬼だ。
 女王・ローラの足元にも及ばない。さっさとやれ」

 と挑発する。
 だが挑発されても、セレナ達は最初の一歩が踏み出せない。
 グランとマギヌンの目が合う。
 グランは「やれやれ」と首を横に振る。
 マギヌンは苦笑している。

 「純血」の吸血鬼は個体差はあれど、下等でも、魔物百匹ほどの力を持つ。
 中等になれば、それが二百匹・一個中隊になる。
 上等で、八百匹・一個大隊ほど。
 特級にもなれば、最低でも一万匹・一個旅団の戦力を誇る。
 グランが互角の戦いを演じた副将軍のネットなら、その強さは二万匹・一個師団に近いだろう。
 ただし、純潔の吸血鬼は個体数が少ない。
 よって、戦闘経験を持つ人間も限られてくる。
 セレナはカートン戦争で、上等吸血鬼のゾーフと戦って勝利している。
 あの時初めて、上等の吸血鬼と接触したにもかかわらず。
 さすがはグランに抱かれるとき、貪欲に腰を振って特濃淫汁を求めるだけのことはある。

「皆、気持ちで負けるな! 私達は強い!
 全員がカートン戦争で、ブラムスの幹部を討っている!
 一歩を踏み出そう! 前へ!」

 セレナが、メンバー達に気合いを入れる。
 彼女は迷いを吹っ切った。
 仲間達は、怖気づいたかもしれない。
 でもそれは、このパーティの任務と何の関係もない。
 吸血鬼と魔物を討つ。
 ただ、それだけだ。

 セレナの気合いで背中を押されたメンバー達だったが、表情は固いままだ。
 だがそれでも、吸血鬼に接近していく。
 そして、セレナパーティと二匹の吸血鬼との戦いが始まった。



 その戦いぶりを見ながら、グランは頭が痛くなってきた。
 「純血の吸血鬼」というステータスにプレッシャーを感じて、実力の半分も出せていない。
 数で上回るのに、互角の戦いぶりだ。
 すでに上等吸血鬼のゾーフを討って、吸血鬼殺し(ヴァンパイア・スレイヤー)になったセレナは、フォローに回っている。
 他のメンバーも吸血鬼殺し(ヴァンパイア・スレイヤー)にし、今後の自信に繋げるためだ。
 パーティ一番の実力者であるセレナが、直接攻撃をしない。
 しかも性格的に、他人のフォローに向いていない。
 あっちこっち走り回っては、叫ぶだけだ。
 割と他メンバーの足を引っ張っている。
 それでも、セレナパーティに殉職者は出ていない。
 その原因はやはり、相手が吸血鬼とはいえ、中等と下等という低ステータスのお陰だ。

 ボロボロの戦いぶりに、マギヌンは飽きてアクビを噛み殺している。

「マギヌン。おかしいと思わないか?」

 マギヌンのアクビがピタリと止む。
 グランの声音が真剣だったから。

「血吸いどもは、使い魔でこの排他領域を監視している。
 だから討伐隊が来たのを見て、血吸いどもを送り込んできた。
 しかし、だ」

「来たタイミングが、巨人が全滅した後。しかも、中等に下等。
 俺達がいると分かっているのに。
 ましてお前は、副将軍のネットと互角に渡り合ったばかりなのに。
 普通、特級の吸血鬼を送り込んでくるだろうな。
 もっと早い段階で」

 グランの疑問を、マギヌンが引き継ぐ。

「ブラムスで、何か起きている。
 または世界のどこかで、ブラムスを揺らす動きが存在する。
 マギヌン、お前は諜報網で、それを探ってくれ」

「その程度なら、ミーシャで充分だ。
 それより、セレナパーティはいいのか?」

「確かに。見てられんな。さっさと始末しよう」

 グランは言うなり、風刃を放つ。
 中等の吸血鬼の体が、魔法で起きた風の刃で切り刻まれる。
 マギヌンは、下等吸血鬼の胸部左寄り――心臓を、魔法剣で貫いた。
 念には念をと、剣から炎を流し、内側から吸血鬼を焼く。

 吸血鬼の断末魔とともに、戦闘は終了した。
 一瞬だった。

 マギヌンとミーシャは討伐隊の元に戻り、諜報網を駆使して、ブラムスに探りを入れ始めた。
 討伐隊が活気づく。
 逆にセレナパーティは、意気消沈している。
 グランとマギヌンが文字通り、一瞬で始末した吸血鬼を、自分達はダラダラと……。
 俯くセレナパーティ。
 諜報網に熱が入る、討伐隊。

「全員、北東を見ろ」

 大声ではないのに、なぜかグランの声は全員の耳に入ってくる。
 セレナ達と討伐隊が何事かと、顔を上げる。

「ブラムスの女王様は、茶番をやっと終わらせてくれるようだ」

 闇夜に浮かぶ、三匹のスーツ姿の怪物。

「第二波を、ブラムスが送り込んできた。
 次は退屈せんぞ。数は三匹に増えた上に、全員が上等の血吸いだ」

 二匹の男吸血鬼と、一匹の女吸血鬼。
 放つ圧も殺気も、先程の二匹とは比べ物にならない。

「マギヌン。ミーシャも、吸血鬼殺し(ヴァンパイア・スレイヤー)にしておけ」

「そうだな」

 つまり、マギヌンとミーシャで一匹と戦う。
 ミーシャも必ず、今後の戦いで貴重な戦力になる。
 そしてグランは、ミーシャを抱くことに決めていた。

(マギヌンよ。ミーシャは、性界フェランキング二位だろう。
 俺が知らないと思ったか?
 ただ、お前のお下がりなのは気に食わんが)

 グランは三匹の上等吸血鬼を前に、(くわ)え上手な女を抱くイメージで欲情する。
 そんなグランに、 

「グラン! お前はどうするんだ!?」

 セレナの声は悲鳴に近かった。
 それ程、自分のパーティがひどかったから。
 グランに、共に戦ってほしかったから。

「その前に、お前達だ。
 セレナパーティ全員で、あの女の血吸いを殺せ」

 グランが女吸血鬼を、(あご)でしゃくる。
 グランはあえて、セレナ達を突き放した。
 甘えさせて勝てる程、吸血鬼の女王・ローラはやわではない。

「ですから、グラン様はどうされるのですか?」

 自分の不甲斐なさに苛立っているユリアが、語気も荒く訊ねる。

「俺か? 俺は一人で、残り一匹を殺す。当たり前だろう」

 深夜の排他領域で、この日三度目の戦いが始まった。

 人間と吸血鬼。
 双方にとって負けられない、三つ巴の死闘が幕を開けた。
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