第18話 嘘つきへの加虐は果てしなく

文字数 3,624文字

「今回は当然、公文書を偽造した者の体の部位が燃えるだろう」

 そう言うとグランは体の前で印を組み、魔法の詠唱を始める。
 この行動も嘘だ。
 ほぼ全ての魔法を、グランは印も詠唱もなしに使える。
 カザマンや連合軍に信憑性をあたえるための、演出だ。

「うわああぁっ!」

 カザマン小隊中央部で悲鳴があがり、続いて悲鳴と怒声が飛び交う。
 チックの右腕は、猛火に包まれていた。



 精を摂取したばかりだからなのか、クロエには漠然とグランの計画が分かる。
 グランは目前の小隊と戦ってはいる。
 が、意識は正門外にいるカザマン大隊に向いている。
 そして、それは当たっていた。
 自分と戦った時点で、すでにその連中は死んでいる。
 ネクロマンサーでない限り、死者に使い道はない。
 だが生者なら愚者であれ、活かしようはある。
 チックの右腕騒動に全員が気を取られている隙に、グランは正門外のグラマン大隊に魔法をかけた。



「その者が嘘つき、つまり公文書を偽造した。
 これで間違いないか?」

 グランが笑いながらタイシに尋ねる。
 タイシは忌々しげに、

「フザけたことをぬかすな!
 そもそも公文書偽造など行っていない!」

 ま、素直に認めないよな。
 公文書偽造は、首脳会議へケンカを売るのと同義だ。
 露見してしまえば連合軍が各国に報告し、カザマン国へ侵攻するだろう。

「そこで燃え苦しんでいる者よ。
 真実を話すことでしか、火が消えることはない」

 喧噪に包まれても、グランの声はよく通る。
 発した声が雑音を貫通する黒魔法を使っているが。

「言う言う言う!
 だから火を消してくれ!」

 チックが早くも落ちる。
 一瞬でも冷静になれば、それこそ真相が見える。
 派手な炎に包まれているのに、グランと会話ができる不自然さに。
 腕が炭になっていない不自然さに。
 グランなら、人一人、一瞬で炭にできると。

「お、俺が、俺が公文書を、偽造した!
 俺は公文書偽造のスキル持ちだ!
 早く消してくれ! はや……」

 チックが言い終わるのを待たず、グランは火を消した。
 無論、情けではない。
 チックがうるさくて仕方なかったからだ。
 グランは肩をすくめながら、タイシを見やる。
 タイシは憤怒で顔が真っ赤だ。
 セレナを初め、パーティの面々は、士気が上がっている。
 同時に、改めてグランの恐ろしさを痛感させられる。
 連合軍の何人かは、派遣元の国への報告文書を早くも作り始めている。

「俺の部下を魔法で脅しやがった!
 もう勘弁ならん! 貴様は殺す!」

 タイシは吠えると剣の(つか)に手をかける。
 本気だ。

「俺を斬る前に、
 お前の部下のベテラン兵士が、
 話したいことがあるそうだ」
 
 殺意の塊と化したタイシを涼しげに見やりながら、グランは先程まで意識に介入していたベテラン兵士に、自白の魔法をかける。

「我等カザマン国大隊は王から不老不死をもたらすと言われる
 エルフの妙薬を手に入れるよう命令されて出撃した!」

 ベテラン兵士が突然大声で叫び出したので、セレナ達も連合軍も飛び上がらんばかりに驚いた。
 だが最も驚いたのは、カザマンの兵士だった。

「副隊長、どうされたのですか!」

 などと、取り乱している。
 このベテラン兵士は、隊長のタイシに次ぐ副隊長だった。

「我等はエルフの国・ベンゲルに向かったが
 ベンゲルへの唯一の入口である迷いの森を突破できなかった!
 さらにエルフの弓兵に射抜かれて死傷者を出す始末!」

 他の兵士が止めようと動く度に、グランはバレぬよう黒魔法で妨害した。
 叫ぶ副隊長の体は震え、眼球が左右に忙しなく動いている。
 目が驚きで見開かれており、この行動が自発的でないことが分かる。
 だからこそ、その話には信憑性(しんぴょうせい)がある。
 自国にとって不利なことを、大声で叫ぶバカはいない。
 連合軍兵達が興味半分・脅威判定半分で集まってくる。
 蚊帳の外に置かれた形のセレナ一向は、ただ副隊長の自白を聞くしかない。

「このまま帰国すれば死罪になる!
 そこでタイシ隊長は計画を立てた!
 旅人や商隊から話を聞き、
 世界ランキング一位パーティがカートンにいることが分かった!
 そこで首脳会議から援軍を依頼されたことにして
 カートンの街に入ることにした!
 理由なく入ろうとすれば連合軍と戦闘になる可能性があるからだ!」

 口では吠えているが、ついに副隊長は涙まで流し始める。
 末代までの醜態をさらし、機密事項を大声で話しているのだ。
 泣きたくもなるだろう。
 すでに副隊長の記憶からそれを知っていたグランは、タイシと正門外にいる大隊への魔法のかかり具合を確認する。

「そんなことだと思った。
 お前等のような唾棄すべき独裁軍事国家が、
 世界ランキング一位のパーティとはいえ、
 第三者の援軍になど駆け付けるわけがないからな」

 吐き捨てるように言ったセレナを、タイシが忌々しげに睨みつける。
 忌々しいといえば、副隊長だ。
 切り殺して黙らそうとするが、空気に壁ができたり、体が重くなったりと近づけない。
 仕掛けているのがグランだと分かっているが、同様に近づけない。
 セレナパーティはすでに戦闘陣形を解き、ニヤニヤ笑いながら、事の顛末(てんまつ)を見ている。
 全てが忌々しい。
 怒りのせいか、タイシは頭痛と心臓に痛みを覚える。

「だがリーナパーティがカサンに向けてすでに出発したと知った!
 しかし不幸中の幸い!
 今度は世界ランキング二位パーティがいると聞いた!
 白魔道士の一件を聞いてグランを逮捕することにした!
 カザマン王はグランを心底恐れているからな!
 ついでに世界二位はヴァルキリーである!
 女だらけである!
 道中の慰み者にと
 世界二位パーティの女どもも連れていくことに決めた!
 全て首脳会議の意思であると騙せるように
 公文書偽造スキルを持つチックに公文書を書かせた!」

 副隊長の大声が途切れた。

「最低なクズ連中だな、お前等」

 レスペは今にもカザマン小隊に、唾を吐きかけそうだ。

「恥という概念が無いのでしょうね。
 だから、恥知らずで厚顔な独裁政治を行えるのです」

 ユリアも手加減なしで小隊を責める。

 カザマンの王は、俺を心底恐れている、か。
 黒魔法への無知だけで殺意が湧くとは、大したものだ。
 カザマン王殺害の意思が、グランの中でより強固になる。
 各地に飛ばした使い魔からの情報で、リーナが自分をどのように報告したかは知っている。
 無断使い魔のクロエを攻撃はしたが、深手は負わせていないと。
 凌辱には一切触れていない。
 首脳会議の判断としては、無断使い魔が事の発端ということもあり、グラン制裁の声はそれほど大きくはない。
 大きくすれば、その原因を招いた神殿・デーアの聖女にも重い罰を課さねばならないから。
 それを切り出せば、神殿・デーアを抱える超大国・ラントへの宣戦布告ととられかねない。
 そうしたドス黒い政治判断に、リーナの減刑嘆願も加わり、グランへの処分は無しとの結論が、最近出たばかりだ。

 騒然とした小隊の中でタイシを除けば、チックだけがグランへの憎悪を燃やし続けていた。
 浮足立つ小隊員達の間を縫い、グランを切り殺そうと接近する。

「誰が、嘘つきへの罰は終わったと言った?」

 グランの声音は冷たい。
 背筋が震える。
 悪寒がする。
 初めそれは、グランへの恐怖からくる精神的なものだと思っていた。
 だが、そうではなかった。
 実際に、体調がひどく悪い。
 何しろ皮膚は濃い青色に変色し、得体の知れない液が滲み出るジンマシンが体中に無数にできている。
 悲鳴を上げるチック。
 そんな彼を見た兵士達も、悲鳴をあげる。
 さらにチックの側にいた兵士が数名、似た症状を引き起こす。

「人を騙すなら、それに伴う犠牲を背負う覚悟をしろ。
 チックにかけた黒魔法は、不治の疾患だ。
 そして、カザマンの者にだけ感染する」

 グランの言葉を聞き、小隊がヒステリーに陥る。
 悲鳴を上げながら、兵士達が四方に逃げていく。
 チックから少しでも遠ざかるために。
 それは正門外のカザマン大隊も同様で、逃走を開始する。
 逃走先の方角を見て、グランは魔法が効いたことを確認する。

(ただの皮膚変化魔法も、
 使い方次第だな。
 本来は暗殺で潜入する際に、
 人相を変えるのに使うんだが)

 直接戦闘を一切せず、一個小隊を壊滅させた。
 勲章ものの武勲(ぶくん)だ。
 だが当のグランは、ノンビリとそんな感想を抱いていた。

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