第75話 マタタタカイマショウ

文字数 3,862文字

 完全封鎖が破れたカートンを襲ったのは、魔物の群れだけではなかった。
 当初、首脳会議が遣わした伝令達は、内部に入れず困惑していた。
 だが門が破壊されたことで、内側への転移が可能になった。
 ある伝令は、トーレスへ。
 他の伝令達は、連合軍幹部の元へ。
 各々、首脳会議の結論が記された公文書を手渡した。
 「カートンでの戦闘は即時中止。兵士達は大至急、派遣元へ帰国せよ」。
 そんな結論が書かれた公文書を。
 カートン連合軍解散が決まった。


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「リーナよせ!」

「目え覚ませよ! らしくないって!」

 南門の魔物の群れに突っ込もうとするリーナを、ムサイとターリロが後ろから組み付いて止めていた。
 ニンチは動作鈍麻をかけるなど、魔法でリーナの動きを封じる。
 他のパーティメンバーが総出でかからないと、本気のリーナは止められない。

「あの増援の侵入を許せば、敗戦どころじゃない!
 カートン領内にいる人間は全員殺されるよ!」

 リーナは泣いていた。
 南門から途切れることなく領内へ侵入していく、二個師団・四万匹の魔物達。
 まるでグランの死刑執行人達が大勢、彼の元へ向かうようだ。

「みんなはすぐ、ラントへ向かって!
 首脳会議の伝令達がいる。ここで見つかったら、命令違反を告発される!」

「お前を置いていけるか!」

「誰かリーナの目を覚ましてくれよ!」

 ムサイとターリロが悲鳴を上げる。

 リーナの指示は、常に絶対だった。
 しかし今、パーティメンバーは指示を聞くわけにはいかない。
 リーナが死んでしまうから。
 『誰かリーナの目を覚ましてくれよ!』。
 それができる唯一のメンバーは、パーティを去った。
 それどころか、今は地獄と化したカートン領内にいる。
 その彼がいるから、リーナも我を忘れている。

「リーナ。今回の件、俺が最初にそそのかしたみたいで悪いんだが」

 ウザイは静かに、リーナに語り掛ける。

「最優先の目的は、パシ殿の意志を引き継ぐことだったはずだ」

「だから、カートンで戦うと誓ったはず!」

 涙声で叫ぶリーナの顔を、ウザイは直視できない。
 彼女の思い人は、死地と化した目の前の街にいるのだ。

「違う。何があっても生き残り、吸血鬼の女王を討ち取ることだ」

 ウザイは最後まで、静かに語りかけた。
 その声音で、リーナが落ち着きを取り戻していく。

「ここで死ぬことじゃあ、ねーわな」

 ムサイは、リーナの拘束を解いた。
 もうリーナは、冷静さを取り戻しつつある。

「それに、よく考えろ。
 あいつが魔物相手に、そう簡単に殺られると思うか?」

 ターリロもリーナの拘束を解いた。

「ワシらに出来ることは、何もないのう。
 さて、ラントへ急がんと。
 ウロウロしておると、伝令達に見つかってしまうぞ」

「私達は、カートン領内には入らない」

 リーナがパーティメンバー達の顔を見回す。
 全員、怪訝な顔をしている。
 領内に入らないのなら、一体、何をするのか?
 何ができるのか?

「私達に出来ることがあるのか無いのか、それは分からない。
 でも、この戦争の結末は見届けさせて。お願いだから」

 リーナが動かないと決めたら、他のメンバーが束になってかかっても、動かせない。
 それでもなお、リーナは頭を下げた。

「自分達の勇者が、希望出してんだ。
 黙って飲むのが、メンバーの務めだろうな」

「それに、リーナの言う通りだ。
 俺達には、この戦争を見届ける義務があると思う」

 ムサイとウザイのコンビが、久々に帰ってきた。

「首脳会議の伝令どもなら、気にしなくていいだろう。
 見つかったら、口封じをするまでだ」

 神聖なる白魔導士像を粉砕するターリロも健在だ。

「ふむ。仕方なかろう。
 ただし、不測の事態が発生するか、
 戦争が終わったら、転移魔法ですぐ移動じゃ」

 ニンチが魔法石を、手の平に乗せる。

「転移での移動を強いられる場合なら、きっと緊急事態だね。
 私とターチロ、ニンチで転移を使おう」

「ほう、いい考えじゃ。
 三人が魔法石を使って転移するなら、ラントまで移動できる」

 結論は出た。
 リーナ達は魔物達に見つからないよう、南門から離れた。


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 南側で轟音とともに、大爆発が起きた。
 見ずとも分かる。
 南門を、ネットが破壊したのだ。
 グランは中央広場での戦いに、全力を注いでいた。
 お陰で、カートン内外を偵察する余裕は無かった。
 
 南門付近を飛ぶ使い魔と、グランは目を同調させる。
 飛び込んできた映像は、グランの体温を下げた。
 南門は粉砕されていた。
 そこから、魔物の大軍が領内に侵入している。
 ブラムスが、増援を送り込んだらしい。
 数は二個師団、四万匹ほど。
 グランはそれを伝心で、全てのカートン軍兵士に伝えた。
 終わりだ。
 さらに使い魔は、首脳会議から遣わされた伝令達の言動も捉えた。
 その内容をグランは、セレナパーティのメンバーだけに、伝心で伝える。

「そんな……それでは、この戦争はどうなるのですか?」

 いつの間にか、ユリアが(そば)にいた。
 ユリアだけではない。
 セレナパーティ全員が、集まっていた。
 ファイヤーフィングズの威力は、中央広場の魔物達を蹴散らした。
 小規模な戦闘は発生しているが、落ち着いている。
 それもブラムズからの増援部隊が来るまでの話だが。

「戦争は、ここでお終いだ」

「ここで……お終い?
 ブラムスからの増援部隊が来て、終わり……ですか?
 つまりそれは、私達の敗北では?」

 グランの答えに、クロエが絡む。

「……ブラムスはカサンに続き、カートンも一時的に支配することになる。
 ただ、それだけだ」

「一時的とはどういう意味なのか、教えてほしい」

 ミンの声音は鋭さを帯びている。

「そのとおりの意味だ。今日という日、この街は奴等にくれてやる。
 だがいつの日にか、必ず奪還する。カートンも。そして、カサンも」

 誰も割り切れていない表情だった。
 圧倒的不利を覆した。
 勝利を掴みかけていたのだ。

「多くの兵士が、その尊い命を散らしました」

 ユリアが静かに話す。
 未知の巨人・ヨトゥンに果敢に立ち向かった、第一・第二小隊の兵士達。
 他にも名もなき多くの兵士達が、この街を守るため、誇り高く戦った。

「殉職者に報いる方法は、復讐しかない。
 そのために、一旦、ここを離れる。
 死ねば復讐など不可能だからな。
 連合軍兵達にも、祖国への帰還命令が出た。
 もう、この戦争で、これ以上の犠牲は出ない」

 グランの結論は、筋が通っている。
 だが理屈で割り切れる程、戦争も人の心も単純ではない。
 そのとき、魔物達の足音が聞こえてきた。

「……ん! 認めん!」

 俯いて叫ぶセレナを、心配そうにレスペが見詰めている。

「私は認めん! 敗北だと!?
 世界ランキング一位の勇者は負けて逃げた!
 だが私は逃げない!
 逃げて生き恥を晒すぐらいなら、ここで戦って死ぬ!」

 他のパーティメンバー達の瞳に、セレナと同じ色の覚悟が映り始める。
 それを砕いたのは、グランだった。
 パシンッと、セレナの頬をぶったのだ。

「ここで死ぬ? それは、逃げているだけだ。
 お前は『勇者』だろ?
 では生き恥を晒してでも生き残り、
 奪われた人間領域奪還のため、全力を尽くせ!」

 魔物達との距離が近い。
 このまま中央広場にいれば、戦闘になるだろう。
 連合軍兵士達は、いつの間にかいなくなっていた。
 各門を解錠して脱出し、祖国へと戻るのだろう。

「連合軍の兵士達は、撤退するのか……」

 セレナが呟く。

「連合軍の兵士達は、規律と秩序を最優先にするからな。
 だから、今回の絶望的な戦争でも、命令に従って戦った。
 通常の兵士なら、逃げ出していただろう」

 説明しながら、グランはパーティメンバーの顔を見回たす。
 全員、撤退に異論は無いようだ。
 色々と引っ掛かりは覚えているようだが。

「俺が魔法石を使って、転移する。急いで俺の周りに集まれ。
 魔物どもが、もう近い」

 そのとき、空から悪魔が降ってきた。

「全員、俺から離れろ!」

 ネットが空から抜刀して、斬りかかってきた。
 グランは空間魔法で剣を取り出し、ネットの剣を受け止める。

「お前を逃がす気はない。グラン、お前だけはここで討つ」

 グランと斬り合いながらも、ネットの口調は冷静だ。
 斬りかかる前に、グラン暗殺用の魔物・リリスを放った。
 さらに、増援部隊の魔物達も、この広場に辿り着いた。
 (ひるがえ)ってグラン側には、何の援軍も隠し玉もない。
 グラン包囲網は、完璧だ。

 グランは舌打ちした。
 自分はさて置くとして、パーティメンバー達も魔物の増援部隊と戦闘に入ってしまった。
 六人対四万匹だ。
 瞬殺される。
 せめて魔物達の視覚を黒魔法で奪ってやりたいが、ネットはそんな隙をあたえてくれない。

 ――冒険の終わりが、始まろうとしていた。
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