第75話 マタタタカイマショウ
文字数 3,862文字
完全封鎖が破れたカートンを襲ったのは、魔物の群れだけではなかった。
当初、首脳会議が遣わした伝令達は、内部に入れず困惑していた。
だが門が破壊されたことで、内側への転移が可能になった。
ある伝令は、トーレスへ。
他の伝令達は、連合軍幹部の元へ。
各々、首脳会議の結論が記された公文書を手渡した。
「カートンでの戦闘は即時中止。兵士達は大至急、派遣元へ帰国せよ」。
そんな結論が書かれた公文書を。
カートン連合軍解散が決まった。
*******************************
「リーナよせ!」
「目え覚ませよ! らしくないって!」
南門の魔物の群れに突っ込もうとするリーナを、ムサイとターリロが後ろから組み付いて止めていた。
ニンチは動作鈍麻をかけるなど、魔法でリーナの動きを封じる。
他のパーティメンバーが総出でかからないと、本気のリーナは止められない。
「あの増援の侵入を許せば、敗戦どころじゃない!
カートン領内にいる人間は全員殺されるよ!」
リーナは泣いていた。
南門から途切れることなく領内へ侵入していく、二個師団・四万匹の魔物達。
まるでグランの死刑執行人達が大勢、彼の元へ向かうようだ。
「みんなはすぐ、ラントへ向かって!
首脳会議の伝令達がいる。ここで見つかったら、命令違反を告発される!」
「お前を置いていけるか!」
「誰かリーナの目を覚ましてくれよ!」
ムサイとターリロが悲鳴を上げる。
リーナの指示は、常に絶対だった。
しかし今、パーティメンバーは指示を聞くわけにはいかない。
リーナが死んでしまうから。
『誰かリーナの目を覚ましてくれよ!』。
それができる唯一のメンバーは、パーティを去った。
それどころか、今は地獄と化したカートン領内にいる。
その彼がいるから、リーナも我を忘れている。
「リーナ。今回の件、俺が最初にそそのかしたみたいで悪いんだが」
ウザイは静かに、リーナに語り掛ける。
「最優先の目的は、パシ殿の意志を引き継ぐことだったはずだ」
「だから、カートンで戦うと誓ったはず!」
涙声で叫ぶリーナの顔を、ウザイは直視できない。
彼女の思い人は、死地と化した目の前の街にいるのだ。
「違う。何があっても生き残り、吸血鬼の女王を討ち取ることだ」
ウザイは最後まで、静かに語りかけた。
その声音で、リーナが落ち着きを取り戻していく。
「ここで死ぬことじゃあ、ねーわな」
ムサイは、リーナの拘束を解いた。
もうリーナは、冷静さを取り戻しつつある。
「それに、よく考えろ。
あいつが魔物相手に、そう簡単に殺られると思うか?」
ターリロもリーナの拘束を解いた。
「ワシらに出来ることは、何もないのう。
さて、ラントへ急がんと。
ウロウロしておると、伝令達に見つかってしまうぞ」
「私達は、カートン領内には入らない」
リーナがパーティメンバー達の顔を見回す。
全員、怪訝な顔をしている。
領内に入らないのなら、一体、何をするのか?
何ができるのか?
「私達に出来ることがあるのか無いのか、それは分からない。
でも、この戦争の結末は見届けさせて。お願いだから」
リーナが動かないと決めたら、他のメンバーが束になってかかっても、動かせない。
それでもなお、リーナは頭を下げた。
「自分達の勇者が、希望出してんだ。
黙って飲むのが、メンバーの務めだろうな」
「それに、リーナの言う通りだ。
俺達には、この戦争を見届ける義務があると思う」
ムサイとウザイのコンビが、久々に帰ってきた。
「首脳会議の伝令どもなら、気にしなくていいだろう。
見つかったら、口封じをするまでだ」
神聖なる白魔導士像を粉砕するターリロも健在だ。
「ふむ。仕方なかろう。
ただし、不測の事態が発生するか、
戦争が終わったら、転移魔法ですぐ移動じゃ」
ニンチが魔法石を、手の平に乗せる。
「転移での移動を強いられる場合なら、きっと緊急事態だね。
私とターチロ、ニンチで転移を使おう」
「ほう、いい考えじゃ。
三人が魔法石を使って転移するなら、ラントまで移動できる」
結論は出た。
リーナ達は魔物達に見つからないよう、南門から離れた。
*******************************
南側で轟音とともに、大爆発が起きた。
見ずとも分かる。
南門を、ネットが破壊したのだ。
グランは中央広場での戦いに、全力を注いでいた。
お陰で、カートン内外を偵察する余裕は無かった。
南門付近を飛ぶ使い魔と、グランは目を同調させる。
飛び込んできた映像は、グランの体温を下げた。
南門は粉砕されていた。
そこから、魔物の大軍が領内に侵入している。
ブラムスが、増援を送り込んだらしい。
数は二個師団、四万匹ほど。
グランはそれを伝心で、全てのカートン軍兵士に伝えた。
終わりだ。
さらに使い魔は、首脳会議から遣わされた伝令達の言動も捉えた。
その内容をグランは、セレナパーティのメンバーだけに、伝心で伝える。
「そんな……それでは、この戦争はどうなるのですか?」
いつの間にか、ユリアが側 にいた。
ユリアだけではない。
セレナパーティ全員が、集まっていた。
ファイヤーフィングズの威力は、中央広場の魔物達を蹴散らした。
小規模な戦闘は発生しているが、落ち着いている。
それもブラムズからの増援部隊が来るまでの話だが。
「戦争は、ここでお終いだ」
「ここで……お終い?
ブラムスからの増援部隊が来て、終わり……ですか?
つまりそれは、私達の敗北では?」
グランの答えに、クロエが絡む。
「……ブラムスはカサンに続き、カートンも一時的に支配することになる。
ただ、それだけだ」
「一時的とはどういう意味なのか、教えてほしい」
ミンの声音は鋭さを帯びている。
「そのとおりの意味だ。今日という日、この街は奴等にくれてやる。
だがいつの日にか、必ず奪還する。カートンも。そして、カサンも」
誰も割り切れていない表情だった。
圧倒的不利を覆した。
勝利を掴みかけていたのだ。
「多くの兵士が、その尊い命を散らしました」
ユリアが静かに話す。
未知の巨人・ヨトゥンに果敢に立ち向かった、第一・第二小隊の兵士達。
他にも名もなき多くの兵士達が、この街を守るため、誇り高く戦った。
「殉職者に報いる方法は、復讐しかない。
そのために、一旦、ここを離れる。
死ねば復讐など不可能だからな。
連合軍兵達にも、祖国への帰還命令が出た。
もう、この戦争で、これ以上の犠牲は出ない」
グランの結論は、筋が通っている。
だが理屈で割り切れる程、戦争も人の心も単純ではない。
そのとき、魔物達の足音が聞こえてきた。
「……ん! 認めん!」
俯いて叫ぶセレナを、心配そうにレスペが見詰めている。
「私は認めん! 敗北だと!?
世界ランキング一位の勇者は負けて逃げた!
だが私は逃げない!
逃げて生き恥を晒すぐらいなら、ここで戦って死ぬ!」
他のパーティメンバー達の瞳に、セレナと同じ色の覚悟が映り始める。
それを砕いたのは、グランだった。
パシンッと、セレナの頬をぶったのだ。
「ここで死ぬ? それは、逃げているだけだ。
お前は『勇者』だろ?
では生き恥を晒してでも生き残り、
奪われた人間領域奪還のため、全力を尽くせ!」
魔物達との距離が近い。
このまま中央広場にいれば、戦闘になるだろう。
連合軍兵士達は、いつの間にかいなくなっていた。
各門を解錠して脱出し、祖国へと戻るのだろう。
「連合軍の兵士達は、撤退するのか……」
セレナが呟く。
「連合軍の兵士達は、規律と秩序を最優先にするからな。
だから、今回の絶望的な戦争でも、命令に従って戦った。
通常の兵士なら、逃げ出していただろう」
説明しながら、グランはパーティメンバーの顔を見回たす。
全員、撤退に異論は無いようだ。
色々と引っ掛かりは覚えているようだが。
「俺が魔法石を使って、転移する。急いで俺の周りに集まれ。
魔物どもが、もう近い」
そのとき、空から悪魔が降ってきた。
「全員、俺から離れろ!」
ネットが空から抜刀して、斬りかかってきた。
グランは空間魔法で剣を取り出し、ネットの剣を受け止める。
「お前を逃がす気はない。グラン、お前だけはここで討つ」
グランと斬り合いながらも、ネットの口調は冷静だ。
斬りかかる前に、グラン暗殺用の魔物・リリスを放った。
さらに、増援部隊の魔物達も、この広場に辿り着いた。
翻 ってグラン側には、何の援軍も隠し玉もない。
グラン包囲網は、完璧だ。
グランは舌打ちした。
自分はさて置くとして、パーティメンバー達も魔物の増援部隊と戦闘に入ってしまった。
六人対四万匹だ。
瞬殺される。
せめて魔物達の視覚を黒魔法で奪ってやりたいが、ネットはそんな隙をあたえてくれない。
――冒険の終わりが、始まろうとしていた。
当初、首脳会議が遣わした伝令達は、内部に入れず困惑していた。
だが門が破壊されたことで、内側への転移が可能になった。
ある伝令は、トーレスへ。
他の伝令達は、連合軍幹部の元へ。
各々、首脳会議の結論が記された公文書を手渡した。
「カートンでの戦闘は即時中止。兵士達は大至急、派遣元へ帰国せよ」。
そんな結論が書かれた公文書を。
カートン連合軍解散が決まった。
*******************************
「リーナよせ!」
「目え覚ませよ! らしくないって!」
南門の魔物の群れに突っ込もうとするリーナを、ムサイとターリロが後ろから組み付いて止めていた。
ニンチは動作鈍麻をかけるなど、魔法でリーナの動きを封じる。
他のパーティメンバーが総出でかからないと、本気のリーナは止められない。
「あの増援の侵入を許せば、敗戦どころじゃない!
カートン領内にいる人間は全員殺されるよ!」
リーナは泣いていた。
南門から途切れることなく領内へ侵入していく、二個師団・四万匹の魔物達。
まるでグランの死刑執行人達が大勢、彼の元へ向かうようだ。
「みんなはすぐ、ラントへ向かって!
首脳会議の伝令達がいる。ここで見つかったら、命令違反を告発される!」
「お前を置いていけるか!」
「誰かリーナの目を覚ましてくれよ!」
ムサイとターリロが悲鳴を上げる。
リーナの指示は、常に絶対だった。
しかし今、パーティメンバーは指示を聞くわけにはいかない。
リーナが死んでしまうから。
『誰かリーナの目を覚ましてくれよ!』。
それができる唯一のメンバーは、パーティを去った。
それどころか、今は地獄と化したカートン領内にいる。
その彼がいるから、リーナも我を忘れている。
「リーナ。今回の件、俺が最初にそそのかしたみたいで悪いんだが」
ウザイは静かに、リーナに語り掛ける。
「最優先の目的は、パシ殿の意志を引き継ぐことだったはずだ」
「だから、カートンで戦うと誓ったはず!」
涙声で叫ぶリーナの顔を、ウザイは直視できない。
彼女の思い人は、死地と化した目の前の街にいるのだ。
「違う。何があっても生き残り、吸血鬼の女王を討ち取ることだ」
ウザイは最後まで、静かに語りかけた。
その声音で、リーナが落ち着きを取り戻していく。
「ここで死ぬことじゃあ、ねーわな」
ムサイは、リーナの拘束を解いた。
もうリーナは、冷静さを取り戻しつつある。
「それに、よく考えろ。
あいつが魔物相手に、そう簡単に殺られると思うか?」
ターリロもリーナの拘束を解いた。
「ワシらに出来ることは、何もないのう。
さて、ラントへ急がんと。
ウロウロしておると、伝令達に見つかってしまうぞ」
「私達は、カートン領内には入らない」
リーナがパーティメンバー達の顔を見回す。
全員、怪訝な顔をしている。
領内に入らないのなら、一体、何をするのか?
何ができるのか?
「私達に出来ることがあるのか無いのか、それは分からない。
でも、この戦争の結末は見届けさせて。お願いだから」
リーナが動かないと決めたら、他のメンバーが束になってかかっても、動かせない。
それでもなお、リーナは頭を下げた。
「自分達の勇者が、希望出してんだ。
黙って飲むのが、メンバーの務めだろうな」
「それに、リーナの言う通りだ。
俺達には、この戦争を見届ける義務があると思う」
ムサイとウザイのコンビが、久々に帰ってきた。
「首脳会議の伝令どもなら、気にしなくていいだろう。
見つかったら、口封じをするまでだ」
神聖なる白魔導士像を粉砕するターリロも健在だ。
「ふむ。仕方なかろう。
ただし、不測の事態が発生するか、
戦争が終わったら、転移魔法ですぐ移動じゃ」
ニンチが魔法石を、手の平に乗せる。
「転移での移動を強いられる場合なら、きっと緊急事態だね。
私とターチロ、ニンチで転移を使おう」
「ほう、いい考えじゃ。
三人が魔法石を使って転移するなら、ラントまで移動できる」
結論は出た。
リーナ達は魔物達に見つからないよう、南門から離れた。
*******************************
南側で轟音とともに、大爆発が起きた。
見ずとも分かる。
南門を、ネットが破壊したのだ。
グランは中央広場での戦いに、全力を注いでいた。
お陰で、カートン内外を偵察する余裕は無かった。
南門付近を飛ぶ使い魔と、グランは目を同調させる。
飛び込んできた映像は、グランの体温を下げた。
南門は粉砕されていた。
そこから、魔物の大軍が領内に侵入している。
ブラムスが、増援を送り込んだらしい。
数は二個師団、四万匹ほど。
グランはそれを伝心で、全てのカートン軍兵士に伝えた。
終わりだ。
さらに使い魔は、首脳会議から遣わされた伝令達の言動も捉えた。
その内容をグランは、セレナパーティのメンバーだけに、伝心で伝える。
「そんな……それでは、この戦争はどうなるのですか?」
いつの間にか、ユリアが
ユリアだけではない。
セレナパーティ全員が、集まっていた。
ファイヤーフィングズの威力は、中央広場の魔物達を蹴散らした。
小規模な戦闘は発生しているが、落ち着いている。
それもブラムズからの増援部隊が来るまでの話だが。
「戦争は、ここでお終いだ」
「ここで……お終い?
ブラムスからの増援部隊が来て、終わり……ですか?
つまりそれは、私達の敗北では?」
グランの答えに、クロエが絡む。
「……ブラムスはカサンに続き、カートンも一時的に支配することになる。
ただ、それだけだ」
「一時的とはどういう意味なのか、教えてほしい」
ミンの声音は鋭さを帯びている。
「そのとおりの意味だ。今日という日、この街は奴等にくれてやる。
だがいつの日にか、必ず奪還する。カートンも。そして、カサンも」
誰も割り切れていない表情だった。
圧倒的不利を覆した。
勝利を掴みかけていたのだ。
「多くの兵士が、その尊い命を散らしました」
ユリアが静かに話す。
未知の巨人・ヨトゥンに果敢に立ち向かった、第一・第二小隊の兵士達。
他にも名もなき多くの兵士達が、この街を守るため、誇り高く戦った。
「殉職者に報いる方法は、復讐しかない。
そのために、一旦、ここを離れる。
死ねば復讐など不可能だからな。
連合軍兵達にも、祖国への帰還命令が出た。
もう、この戦争で、これ以上の犠牲は出ない」
グランの結論は、筋が通っている。
だが理屈で割り切れる程、戦争も人の心も単純ではない。
そのとき、魔物達の足音が聞こえてきた。
「……ん! 認めん!」
俯いて叫ぶセレナを、心配そうにレスペが見詰めている。
「私は認めん! 敗北だと!?
世界ランキング一位の勇者は負けて逃げた!
だが私は逃げない!
逃げて生き恥を晒すぐらいなら、ここで戦って死ぬ!」
他のパーティメンバー達の瞳に、セレナと同じ色の覚悟が映り始める。
それを砕いたのは、グランだった。
パシンッと、セレナの頬をぶったのだ。
「ここで死ぬ? それは、逃げているだけだ。
お前は『勇者』だろ?
では生き恥を晒してでも生き残り、
奪われた人間領域奪還のため、全力を尽くせ!」
魔物達との距離が近い。
このまま中央広場にいれば、戦闘になるだろう。
連合軍兵士達は、いつの間にかいなくなっていた。
各門を解錠して脱出し、祖国へと戻るのだろう。
「連合軍の兵士達は、撤退するのか……」
セレナが呟く。
「連合軍の兵士達は、規律と秩序を最優先にするからな。
だから、今回の絶望的な戦争でも、命令に従って戦った。
通常の兵士なら、逃げ出していただろう」
説明しながら、グランはパーティメンバーの顔を見回たす。
全員、撤退に異論は無いようだ。
色々と引っ掛かりは覚えているようだが。
「俺が魔法石を使って、転移する。急いで俺の周りに集まれ。
魔物どもが、もう近い」
そのとき、空から悪魔が降ってきた。
「全員、俺から離れろ!」
ネットが空から抜刀して、斬りかかってきた。
グランは空間魔法で剣を取り出し、ネットの剣を受け止める。
「お前を逃がす気はない。グラン、お前だけはここで討つ」
グランと斬り合いながらも、ネットの口調は冷静だ。
斬りかかる前に、グラン暗殺用の魔物・リリスを放った。
さらに、増援部隊の魔物達も、この広場に辿り着いた。
グラン包囲網は、完璧だ。
グランは舌打ちした。
自分はさて置くとして、パーティメンバー達も魔物の増援部隊と戦闘に入ってしまった。
六人対四万匹だ。
瞬殺される。
せめて魔物達の視覚を黒魔法で奪ってやりたいが、ネットはそんな隙をあたえてくれない。
――冒険の終わりが、始まろうとしていた。